米国のIPO事情が大きく変わりつつある。従来型のIPO(新規株式上場)ではなく「ダイレクトリスティング」や「SPAC」を使って上場する企業が増加しているのだ。ダイレクトリスティングとSPACは従来型のIPOとどう違うのだろうか。

目次

  1. 最高値を更新する株式市場
  2. 新株を発行せずに上場するダイレクトリスティング
  3. 買収を目的とする会社“SPAC”
  4. なぜSPACが使われるのか
  5. ダイレクトリスティングとSPACで変わる米国市場

最高値を更新する株式市場

米国ハイテクベンチャー企業のIPO事情 ダイレクトリスティングとSPACとは?
(画像=Romolo Tavani/stock.adobe.com)

最高値を更新するなど米国株式市場が好調だ。GAFAM(ガーファム:Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)を筆頭とするハイテク株を中心に、テスラなどの人気銘柄が軒並み値上がりして株価を押し上げている。2021年2月末時点でもダウ平均で3万米ドルを超える高値を維持。2021年1月には、ゲームストップ株騒動などで一時値を下げたものの、底値をしっかりと維持したまま堅調に推移した形だ。

ハイテク株に加え、バイデン政権の財政出動により影響を受けるとされるグリーン銘柄やエネルギー関連銘柄も上昇している米国株式市場だが、近年、IPOの様相が大きく変わりつつある。その2大要因となっているのが「ダイレクトリスティング」と「SPAC」だ。

新株を発行せずに上場するダイレクトリスティング

ダイレクトリスティング(Direct listing)とは、企業の既存株主が保有する株式を証券市場経由で投資家へ直接売却する上場方法だ。通常のIPO(Initial Public Offering)とは異なり、新株発行を伴わないのが最大の特徴である。ダイレクトリスティングで上場する企業は通常、新株発行による資金調達を行わない。

では、新株発行による資金調達を行わないにもかかわらず、なぜ企業はダイレクトリスティングで上場するのだろうか。答えは、既存株主が保有する株式の流動化にある。ダイレクトリスティングで上場するベンチャー企業は、上場前にすでに多くの株主に対し相当の株式を発行している。上場前に多額の現金を保有しており、わざわざIPOにより資金調達する必要がないのだ。

一方、ベンチャー企業の株主のなかには、保有する株式を売却して現金化したい人もいる。ベンチャーキャピタルなどの場合は、ファンドの償還期限といった事情もあるだろう。ダイレクトリスティングによる上場は「上場する企業のためよりも、上場する企業の株主のため」といった側面が強い。

ダイレクトリスティングで上場した企業の事例としては、2018年4月にニューヨーク証券取引所に上場したSpotifyが有名だろう。上場前のSpotifyは巨大ユニコーン企業として知られており、2016年時点でアーティストへ支払った金額は50億米ドル(1米ドル105円換算で約5,250億円)を超える大企業だった。上場時点までに発行した株式の総数は1億7,811万2,840株におよび、上場により初値ベースの時価総額が295億米ドル(約3兆975億円)に達したという。

買収を目的とする会社“SPAC”

SPAC(スパック)とは、Special Purpose Acquisition Companyの略で和訳すると「特別買収目的会社」だ。SPAC自体は何の事業も行っておらず、IPOにより資金調達を行い、調達した資金で他社を買収して事業会社になる。SPACによる基本的なIPOプロセスは以下の通りだ。

まずスポンサーと呼ばれる投資家が出資してSPACを設立する。スポンサーは通常、投資会社などの機関投資家が担うケースが多い。またSPACはSEC(米証券取引委員会)に上場を申請し、IPOを行い、市場から資金を調達する。調達した資金をもとに「買収対象企業」を探索し、見つかったら買収をオファー。条件が合えば合意となり実際に買収が実行される。買収される企業は未上場ではあるものの、それなりの規模と事業内容を持った企業が多い。

買収が実行されるとSPACの株主は、株を合併後の新会社の株と交換し新会社の株主となる。また新会社の社名は通常、買収された会社の社名にするケースが多くなっている。これにより買収された会社は自らIPOを行ったのと同じ結果が得られるのだ。

2020年の事例では燃料電池トラックを開発するニコラがSPACを活用して上場している。ニコラは、時価総額で一時はフォードを抜き去るという快挙を遂げている。

なぜSPACが使われるのか

なぜSPACが使われるのだろうか。その最大の理由は、IPOにかかる事務手続きやコスト、時間が節約できるからだ。特に買収される会社が普通にIPOを行う場合、SECに上場申請を行い、各種の資料などを整え、投資家への説明会を開催するなど膨大な作業を行う必要が生じる。そのためのコストや時間もばかにならない。SPACを使うことでそれらを大幅に削減できるのだ。

一方でSPACにはマイナス面もある。通常のIPOに比べて、SPACによるIPOでは被買収企業のデューデリジェンスなどの透明性確保が難しい。また近年はSPACが急増して、買収対象になり得る企業の奪い合いが始まっているという声もある。適正な価格で買収ができているかは疑問が残る。

ダイレクトリスティングとSPACで変わる米国市場

ニューヨーク証券取引所は近年、ダイレクトリスティングに関するルールを改定し、ダイレクトリスティングによる上場でも新規株式を発行して資金調達できるようにした。そのため通常のIPOではなく、ダイレクトリスティングによる上場を行う企業が今後増えていくことが予想される。

ダイレクトリスティングによる上場では、IPOのように幹事証券会社を通す必要がない。そのためトランザクションコストを大きく削減できる。さらにはロックアップと呼ばれる売買制限期間も設定されないため、既存株主にとってもメリットが大きくなる。

2020年末からドアダッシュ(DASH)、エアビーアンドビー(ABNB)などの大型ハイテクベンチャーのIPOが続いた。IPO市況が勢いを取り戻すなか、既存IPOの代替オプションとして、ダイレクトリスティングとSPACは、今後さらに活用されるのだろうか。

文・前田 健二