M&Aの当事者にとって、価格に影響を及ぼす「のれん代」は必須の知識となる。買い手側は適正な算定方法を、売り手側は評価を高める方法を身につけなくてはならない。のれん代はM&Aの成功を左右するため、事例を通して重要性やポイントを学んでいこう。

目次

  1. M&A価格に影響するのれん代とは?正しい理解が不可欠
    1. のれん代の構成要素は?M&A後の経営状態に影響
    2. 「のれん減損」とは?仕組みと発生理由
  2. のれん代の会計処理に関する3つの基礎知識
    1. 1.のれん代は無形固定資産に該当する
    2. 2.のれん代の算出計算方法
    3. 3.「のれん」という勘定科目は財務諸表に出てこない
  3. 事例から学ぶ、M&Aにおけるのれん代の重要性
    1. 【事例1】ハイリスク・ハイリターンの買収/ソフトバンクグループ株式会社
    2. 【事例2】買収後の誤算による多額の損失/キリンホールディングス株式会社
    3. 【事例3】天災をきっかけとしたのれんの減損/株式会社東芝
  4. 売り手側がのれん代を高く評価させるためのポイント
    1. 1.財務状況を整理し、アピールポイントを明確にしておく
    2. 2.全ての買い手候補に対して、誠実に対応する
    3. 3.資金力がある買い手候補を多く集める
  5. のれん代はM&Aの成功を大きく左右する要素

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M&A価格に影響するのれん代とは?正しい理解が不可欠

M&Aの成功を左右するのれん代とは?事例から学ぶ重要性とポイント
(画像=SB/stock.adobe.com/)

M&Aを実施する企業にとって「のれん代」は欠かせない基礎知識だ。のれん代は貸借対照表の勘定科目だが、M&&Aの当事者にとっては単なる科目のひとつではない。

のれん代とは、譲渡企業(売り手)の純資産額から実際の買収価格を差し引いた金額のことである。M&Aにおける譲渡企業の価値は、貸借対照表上の純資産額だけでははかりきれないため、一般的なケースでは純資産額にいくらか上乗せして譲渡価格が決められる。このときに上乗せされた金額がのれん代にあたるものだ。

つまり、数字上では表せない企業価値が高いほど、のれん代は高く算定される。この仕組みを理解しておかないと、譲渡企業は安く買い叩かれ、譲受企業(買い手)は無駄なコストを費やしてしまう恐れがある。

従って、M&&Aではどちらの立場であっても、のれん代を正しく理解しておかなくてはならない。

のれん代の構成要素は?M&A後の経営状態に影響

細かく見ると、のれん代には数多くの構成要素がある。具体的にどのようなものが該当するのか、主な構成要素をいくつか紹介しよう。

・のれん代の主な構成要素

事業価値 数字上では表せない事業の価値。斬新な事業を展開している場合など
ブランド力 知名度や社名、商品名のブランド価値
技術 ノウハウや製法、取得している特許など
顧客 顧客リストや顧客との関係性。受注残高が含まれることも
人材 高いスキルや専門技術を持った従業員
企業文化 優れた組織風土や組織構成など

上記はいずれも、会社の資産・負債としては数字に表れないものだ。しかし、長い目で見ればM&A後の経営状態に影響を及ぼすため、のれん代として数値化した上でM&Aの譲渡価格に上乗せされる。

「のれん減損」とは?仕組みと発生理由

M&Aの実施時点では事業価値やブランド力が高かったとしても、その後の経営次第では譲受企業がのれん代を回収できない場合もある。このようなケースでは、のれん代を費用として会計処理する「のれん減損」をしなくてはならない。

のれん減損が発生する理由はさまざまであり、例えば当初予定していたシナジー効果を得られないと、譲受企業はのれん代を回収することが難しくなる。また、のれん代が極端に高額であるにもかかわらず、買収を強行した場合にものれん減損は発生しやすい。

譲受企業にとっては必須の知識となるが、のれん減損はM&&Aを軸に成長した大企業でよく見られる会計処理であるため、譲渡企業になることが多い中小企業はそれほど気にする必要はない。

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のれん代の会計処理に関する3つの基礎知識

のれん代について理解を深めるには、会計処理の仕方も押さえておく必要がある。特に以下で解説する3つの基礎知識を押さえれば、のれん代のイメージをよりつかみやすくなるだろう。

買い手側・売り手側のどちらにとっても重要な知識となるので、しっかりと読み進めておきたい。

1.のれん代は無形固定資産に該当する

のれん代は目に見えない資産価値であるため、貸借対照表では「無形固定資産」に該当する。無形固定資産とは、具体的な形を持たない固定資産のことだ。

例えば、事業価値やブランド力などは企業価値に影響を及ぼす要素であるものの、機械設備のようにはっきりとした形は持たない。前述の顧客や人材についても、「関係性」や「スキル」などの観点で見れば形を持たない資産となるので、無形固定資産として扱うことになる。

2.のれん代の算出計算方法

のれん代は考え方によって評価が変わるため、決まった算出方法は存在しない。つまり、買い手によってのれん代の算出法は異なるのだ。M&Aの実務では主に以下の算出方法が用いられている。

・のれん代の主な算出方法

DCF法 M&Aによって将来的に得られるキャッシュフローを、現在の価値に割り引いてのれん代を算出する方法
マルチプル法 譲渡企業と類似する上場企業を基準として、計算に用いる「評価倍率」を決める方法。EBITDA倍率や売上高倍率など、さまざまな評価倍率の決め方がある
年買法 「営業利益×年数+純資産」の式で、譲渡会社ののれん代を計算する方法。年数はケースによって異なるが、一般的には3~5年が採用されている

シンプルな計算方法もいくつか存在するが、実際には複雑な計算や調査が必要になることがあるため、のれん代の計算は専門家に任せるケースが多い。

3.「のれん」という勘定科目は財務諸表に出てこない

本記事の冒頭で、のれん代は「貸借対照表の勘定科目」と解説した。確かに、のれん代は貸借対照表を構成する要素のひとつだが、実は財務諸表に「のれん」という勘定科目は出てこない。

例えば、M&Aの譲渡企業はのれん代にあたる金額を「株式売却益の増加(現金の増加)」として処理をする。一方で、譲受企業は「株式の増加(現金の減少)」として会計処理をするため、買い手側・売り手側のどちらの貸借対照表にも「のれん」の文字は登場しないのだ。

事例から学ぶ、M&Aにおけるのれん代の重要性

のれん代がM&Aに及ぼす影響は、事例をチェックすると分かりやすい。国内に限定しても、のれん代がM&Aの成功を大きく左右したケースは数多く存在する。

その中でも、以下ではのれん代の重要性が分かりやすい3つの事例を紹介していこう。

【事例1】ハイリスク・ハイリターンの買収/ソフトバンクグループ株式会社

携帯電話会社の大手3キャリアのひとつであるソフトバンクは、企業への積極的な投資によって成長を遂げた大企業だ。同社は2018年の時点で4.4兆円を超えるのれん代を抱えており、のれん代の自己資本に対する比率は80%を上回っている。

ソフトバンクは将来性のある企業に絞って投資を行っているため、のれん代が多額に上ることは必然的と言える。しかし、中には買収後の業績が思ったように伸びず、最終的に巨額な損失を出して売却される企業も存在する。

買い手側にとってM&Aは成長スピードを速める経営戦略となり得るが、のれん代が大きいほど譲受企業のリスクも高くなる点を忘れてはいけない。もしM&Aの買い手側に回る場合は、この点を強く意識しておくことが重要だ。

【事例2】買収後の誤算による多額の損失/キリンホールディングス株式会社

飲料メーカーの大手であるキリンHDは、2011年にブラジルのビール製造会社「スキンカリオール」を買収した。もともとは、純資産1,019億円の譲渡会社を約2,000億円で買収する予定だったが、大株主に訴訟を起こされた影響で全株を買わされることになり、買収金額は3,000億円まで膨れ上がった。

キリンHDの誤算はさらに続き、譲渡企業のブラジル国内シェアが2位から3位に転落してしまう。最終的にキリンHDは約1,140億円の減損処理を行い、770億円の取引価格でスキンカリオールを売却した。

この事例のように、M&Aの買収後にトラブルが生じると、譲受企業はのれん代を回収できなくなる恐れがある。そのため、一般的なM&Aではデューデリジェンスなどの調査を徹底的に行い、譲渡企業の資産価値やのれん代を慎重に見極めている。

【事例3】天災をきっかけとしたのれんの減損/株式会社東芝

大手電機メーカーの東芝も、巨額なのれん代の減損処理を経験した企業だ。

同社は2006年にアメリカの原発会社を買収したが、2011年に東日本大震災が発生したことで、原子力発電所の新設にブレーキがかかった。その影響で譲渡企業の業績は急激に悪化し、最終的に東芝は約2,600億円もの減損処理を行った。

この事例のように、事前の予測が難しい天災がきっかけとなり、のれん代が回収できなくなるケースは珍しくない。特にM&Aによる海外進出は大企業でも失敗することがあるため、譲渡企業の価値や現地の情報をより慎重に調査・分析する必要がある。

売り手側がのれん代を高く評価させるためのポイント

M&Aにおけるのれん代は、売り手の努力によって高められることがある。ここでは、売り手側がのれん代を高く評価させるためのポイントをまとめた。

基本的に中小企業は売り手側に回ることが多いため、M&Aに興味のある中小企業経営者は以下のポイントをしっかりと理解しておこう。

1.財務状況を整理し、アピールポイントを明確にしておく

M&Aの売却価格は、譲渡企業の財務状況をもとに算定される。つまり、財務状況が整理されていないと、そもそものれん代を正しく計算できないため、自社に興味をもつ買い手を見つける段階でつまずいてしまう。

できるだけ多くの買い手に興味を持たせるには、財務諸表に記載する会計情報はもちろん、顧客や人材などに関する情報もきちんとまとめておくことが重要だ。その上で自社のアピールポイントを明確にし、のれん代を高める交渉材料を用意しておこう。

2.全ての買い手候補に対して、誠実に対応する

M&Aの買い手は失敗を避けるために、さまざまな方法で情報を収集しようとする。通常の交渉はもちろん、特に規模の大きい案件では確実にデューデリジェンスが実施されるため、譲渡企業は誠実に対応しなければならない。

このときに資料の提出を渋ったり誤ったデータを伝えたりすると、買い手候補や仲介会社からの信用を失い、安く買い叩かれてしまうリスクが高まる。仮にのれん代が巨額になったとしても、不誠実な対応をすると損害賠償や解約の対象になってしまう恐れがあるので、M&Aではどのような相手に対しても誠実な対応が必要になる。

3.資金力がある買い手候補を多く集める

資金力がある買い手を多く集めると、高いのれん代で自社を売却できる可能性が高まる。買い手候補の数によっては、入札形式で譲受企業を決めることもできるため、M&Aにおいて買い手候補を集める行動は決して無駄にはならない。

買い手候補を集める手段としては、多くの買い手が登録している「M&Aプラットフォーム」の利用がおすすめだ。また、積極的に売り手をサポートしてくれる専門家に依頼する方法でも、魅力的な買い手候補を多く集められる可能性がある。

のれん代はM&Aの成功を大きく左右する要素

今回紹介したように、のれん代はM&Aの成功を大きく左右する。適正な算定は容易ではないが、買い手・売り手のどちらにとっても重要な要素なので、M&Aに取り組む企業はしっかりと知識をつけておかなくてはならない。

買い手側はリスクとの兼ね合い、売り手側は自社の評価を高めることを意識し、より良い形で契約できるように万全の準備を整えておこう。

文・片山雄平(フリーライター・株式会社YOSCA編集者)