財務的な観点から見て「経営にどのくらい余裕があるか」を分析したい場合には「安全余裕率」という指標が参考となる。安全余裕率の計算方法や目安、改善方法を解説しつつ損益分岐点売上高や損益分岐点比率についても紹介するのでぜひ参考にして欲しい。
目次

経営にどれくらいの余裕があるかを確認できる

安全余裕率とは、実際に得られた売上高が損益分岐点売上高をどのくらい上回っているかを表す指標のことだ。詳細は次章で説明するが、損益分岐点売上高とは赤字を回避するうえで最低限達成すべき売上金額を意味する。つまり安全余裕率とは損益分岐点と売上高の間にある黒字部分の割合であり、経営の余裕度合いを表しているわけだ。
数値が高いほど経営の余裕度が高く、反対に数値が低いと経営に余裕がない状態だと判断できる。
損益分岐点売上高が起点になる
安全余裕率をはっきりと理解するには、損益分岐点売上高に対する理解が不可欠だ。損益分岐点売上高とは、利益がちょうど0円となる売上高のことである。損益分岐点売上高を実際の売上高が上回れば黒字、反対に下回れば赤字となるため、損益分岐点売上高を計算すれば「いくら稼げば赤字とならずに済むか」を判断することができる。
損益分岐点売上高の計算式
損益分岐点売上高は、以下の計算式で求めることができる。
・損益分岐点売上高=固定費÷(1-変動費率)
固定費とは、売上高の増減に関係なく一定額発生する費用のこと。一方で変動費率とは、売上高に占める変動費(売上高の増減に比例して増減する費用)の割合であり、「変動費÷売上高」で表すことができる。つまり損益分岐点売上高は、実際に稼いだ売上高や変動費、固定費のデータがあれば式に当てはめるだけで簡単に計算できる。
損益分岐点売上高の計算例
以下に示した簡単な計算例を使って、損益分岐点売上高の計算プロセスを確認しておこう。
・売上高:1億円
・固定費:500万円
・変動費:2,500万円
損益分岐点売上高を求めるには、まずは変動費率を計算することが必要だ。変動費率は、変動費を実際に稼いだ売上高で割ることで計算できる。
・変動費率=2,500万円÷1億円=0.25
あとは、前述した計算式に当てはめて損益分岐点売上高を求めるだけだ。
・損益分岐点売上高=500万円÷(1-0.25)≒ 667万円
つまり今回の例では、約667万円以上の売上高を稼ぐことができれば黒字となる。
安全余裕率の計算方法を覚えて実際に活用する
損益分岐点売上高について理解しておけば安全余裕率の計算は決して難しくない。この章では、安全余裕率の計算方法について具体例を交えつつ解説する。
安全余裕率の計算式
安全余裕率は、以下に示した計算式で求めることができる。
・安全余裕率(%)={(実際の売上高-損益分岐点売上高)÷実際の売上高}×100
つまり実際の売上高と損益分岐点売上高の差を計算し、それを実際の売上高で割ったうえで100をかけることで安全余裕率が求めることが可能だ。
安全余裕率の計算例
例えば実際の売上高が1億2,000万円、損益分岐点売上高が1億円の場合、安全余裕率は以下のように計算できる。
・安全余裕率={(1億2,000万円-1億円)÷1億円}×100=20%
安全余裕率が20%ということは、実際の売上高が損益分岐点売上高を20%分上回っていることを表す。言い換えると損益分岐点売上高の20%に相当する金額(2,000万円)までならば売上高が減少しても赤字にならないことを意味する。1億2,000万円から2,000万円を引くとちょうど損益分岐点売上高である1億円と合致することからも、安全余裕率が表す意味は理解できるだろう。
赤字の会社だと安全余裕率はどうなるか
では、赤字の会社だと安全余裕率はどうなるのだろうか?結論から言うと赤字の場合、安全余裕率はマイナスの数値となる。赤字ということは、実際の売上高が損益分岐点売上高を下回る状況だ。例えば実際の売上高が8,000万円、損益分岐点売上高が1億円の場合、赤字は2,000万円である。この場合の安全余裕率は以下の通りだ。
・安全余裕率={(8,000万円-1億円)÷1億円}×100=-20%
安全余裕率が-20%ということは、実際の売上高が損益分岐点売上高を20%分下回っていることを表す。言い換えると赤字の状態から脱却するには、損益分岐点売上高の20%に相当する金額(2,000万円)だけ売上高を伸ばす必要があると判断できる。
安全余裕率と損益分岐点比率の関係性
安全余裕率と類似する指標に「損益分岐点比率」と呼ばれるものがある。ここでは、安全余裕率と損益分岐点比率との関係性を解説する。
損益分岐点比率とは
損益分岐点比率とは、損益分岐点売上高と実際の売上高比率のことだ。具体的には、以下の計算式で損益分岐点比率を表すことができる。
・損益分岐点比率(%)=(損益分岐点売上高÷実際の売上高)×100
損益分岐点比率が小さいほど売上高の減少に対する耐性が高い点で好ましい。一般的には、80%を下回っていると優良な水準である。反対に100%を超えると赤字となるため、まずは損益分岐点比率が100%を下回るように注力したい。
安全余裕率+損益分岐点比率は必ず100%になる
安全余裕率と損益分岐点比率の間には、足し合わせるとかならず100%になるという関係性がある。例えば損益分岐点売上高が2,000万円、実際の売上高が8,000万円である場合、安全余裕率と損益分岐点比率はそれぞれ下記のように計算できる。
・安全余裕率={(8,000万円-2,000万円)÷8,000万円}×100=75%
・損益分岐点比率=(2,000万円÷8,000万円)×100=25%
安全余裕率の75%と損益分岐点比率の25%を足し合わせるとピッタリ100%となることがわかるだろう。この性質から、安全余裕率と損益分岐点比率は以下の計算式で表すこともできる。
・安全余裕率=100-損益分岐点比率
・損益分岐点比率=100-安全余裕率
自社の数字はどれくらい?覚えておきたい安全余裕率の目安
安全余裕率を確認すれば、経営にどのくらいの余裕度合いがあるかを判断できる。一般的に言われている安全余裕率の目安を下記に示すので、経営改善の参考にしていただきたい。
安全余裕率 | 数値が表すこと |
0%未満 | 赤字。重点的かつ迅速な改善が必要 |
0%~10%未満 | 要注意。なるべく早めの改善が必要 |
10%~20%未満 | 日本企業における平均的水準。20%以上を目指すとなお良い |
20%~40%未満 | 安全圏。さらに多く利益を増やしたいならば、40%以上を目指すのが良い |
40%以上 | 利益を多く確保できる点で理想的な水準 |
10%未満の場合には改善が不可欠。20~40%未満の場合には安全に経営を行える状態である。ただし利益を手元に多く残したいならば40%以上の安全余裕率を目指すべきだ。
経営の余裕度を高めるために確認したい、安全余裕率を改善する方法
安全余裕率に問題がある場合には、改善策を講じて経営の余裕度を高めなくてはならない。安全余裕率を改善するには、以下の3つの方法が有効である。
1:売上高を増加させる
安全余裕率を改善したい場合、まずは売上高を増加させるのが有効である。なぜなら費用の削減には限界がある一方で売上高の増加には理論上限界がないからだ。売上高を増加させる方法は、大きく「商品・販売数の増加」と「商品・サービスの単価向上」の2種類に大別できる。商品・販売数の増加を目指すには、営業を強化して新規顧客を増やしたりアップセル・クロスセルにより既存顧客の買い上げ品数や頻度を高めたりすることが有効だ。
一方で商品・サービスの単価向上には、顧客のニーズに合う商品や希少価値の高い商品の提供、商品・サービスを差別化するといった施策が有効である。ただし売上高が増加しても費用が大幅に増加してしまうと、安全余裕率の改善につながらない恐れがあるだろう。そのためなるべく費用を増やさない形で売上高を増やすことが重要である。
2:固定費を減らす
費用を増やさずに売上高を伸ばすのは、あくまで理想であり実現するのは簡単ではない。実現が難しい場合には、固定費を減らす形で安全余裕率の改善に努めるのがおすすめである。後述する変動費とは異なり固定費は売上高(生産量)の増減とは関係なく一定額だけ発生する費用だ。そのため収益の獲得に直結していない固定費を削減できれば簡単かつ大幅に安全余裕率を改善することが可能である。
安全余裕率の改善に向けては、主に以下の固定費を削減するのが効果的だ。
・事業所や工場の家賃を下げる(交渉や場所の移転など)
・広告宣伝費や販売促進費を削減する(効果が薄いマーケティング施策をやめる)
・余分な人件費を削減する(事業規模に合わせて人を減らす)
どの固定費が売上に直結していないかはケースバイケースである。安全余裕率の改善にあたっては、一つ一つの固定費を分析したうえで削減に努めるのが重要だ。
3:変動費を減らす
安全余裕率の改善にあたっては、変動費を減らすのも選択肢の一つだ。変動費とは、原材料費や外注費、運送費など生産量や売上高の増加に伴って金額が変動する費用である。変動費を減らせば損益分岐点売上高が減少するため、安全余裕率の改善にもつながるだろう。ただし変動費の大半は、売上を得るうえで不可欠な費用であるため、下手に削減すると売上高も減ってしまう可能性が高い。
そこで、まずは固定費の削減や売上高の増加に注力し、それでも改善が必要な場合にのみ変動費の削減に努めるべきである。実際に削減する際にもなるべく売上高に影響しにくい変動費から削減することを意識しなくてはならない。
長期間安定した経営を続けるために不可欠な指標
安全余裕率が低い場合、たとえ現時点では黒字でも外的な要因によって売上高が減少したときにいとも簡単に赤字に陥ってしまう。長期的に経営を存続させるには、売上高の減少に耐えられるだけの余裕を持っておく必要がある。そのためには、定期的に安全余裕率を測定し、必要に応じて改善策を講じていくのが重要だ。
今回紹介した安全余裕率の計算式や改善方法を参考にぜひ自社の経営改善やより安定した経営の実現に努めてほしい。
文・鈴木 裕太(中小企業診断士)