企業が経営戦略を立てる際には、「事業ドメイン」の設定が欠かせない。そこで今回は、事業ドメインの重要性やメリット、設定方法などを分かりやすくまとめた。短期間での成長を目指している経営者は、ぜひ参考にしながら自社の事業ドメインを設定してみよう。
目次
事業ドメインとは?企業にとっての重要性

事業ドメインとは、企業がひとつの事業を展開する活動領域、もしくは本業となる事業そのものを指すビジネス用語だ。企業が有する経営資源には限りがあるため、現代では事業ドメインを適切に設定することが会社の成長につながると言われている。
一見すると、事業ドメインを設定することは容易に思えるかもしれない。確かに、経営者が独断で活動領域を決めることは難しくないが、「自社に最適な事業ドメイン」を設定するとなれば話は別だ。経済資源の内容はもちろん、事業の将来性や市場における優位性、顧客との関係性など、さまざまな要素を意識して活動領域を定めることが必要になる。
また、事業ドメインの設定は会社の成長だけではなく、将来的にM&Aをする際の売却益や買収企業の見つけやすさにも関わってくるため、経営者はこれを機に基礎知識を身につけておきたい。
企業ドメインとの違い
事業ドメインと似た用語に、「企業ドメイン」と呼ばれるものがある。これは一つひとつの事業ではなく、企業全体の活動領域を表す用語だ。
つまり、企業ドメインは事業ドメインの上位概念であり、具体的には事業同士の組み合わせや統括方法、ひいては経営理念などを指す。ちなみに、単一の事業に取り組んでいる企業については、「企業ドメインの範囲=事業ドメインの範囲」となる場合もある。
中小企業が事業ドメインを設定するメリット
では、中小企業が事業ドメインを適切に設定すると、具体的にどのようなメリットが生じるのだろうか。細かく見ればさまざまなメリットが想定されるが、以下では経営者が特に押さえておきたい3つのメリットをまとめた。
1.成長に直結する事業に対して、経営資源を集中投下できる
事業ドメインを設定すると、自社のコア事業とノンコア事業を明確に切り分けられる。ここから経営資源の適切な配分を考えれば、経営資源をコア事業に集中投下できるため、企業の成長は一気にスピードアップする。
特に経営資源が限られた中小企業にとって、事業の選択と集中を同時に進められるメリットは大きい。必要な事業に対してのみ経営資源を投下すれば、業界によっては大企業とも渡り合える競争力を実現できるだろう。
2.組織全体の方向性が明確化される
組織全体の進むべき方向性が分かりやすくなる点も、事業ドメインを設定するメリットだ。
例えば、事業があまりにも広範囲に多角化していると、力を入れるべき事業や部署が分かりづらくなるため、多くの従業員に迷いが生じる。このような状況下で、企業価値の向上や上場などを目指すことは極めて難しいだろう。
中小企業が短期間での成長を目指す上で、「組織の一体化」は欠かせない要素になる。事業ドメインを適切に設定すれば、従業員に会社の方向性を示せるだけではなく、余った人材の再配置も行えるようになるため、以前よりも組織の一体感がぐっと強まるはずだ。
3.対外的なアピールにつながる
事業ドメインの設定は社内の意識統一だけではなく、実は対外的なアピールにもつながる。例えば、ノンコア事業からの撤退やコア事業への集中投下を発表すれば、自社の投資価値が自然と高まるので、多くの投資家から注目されることになる。
ほかにも取引先や顧客、金融機関など、アピールの対象となるステークホルダーは非常に多い。企業価値や売上の向上はもちろんだが、場合によっては資金調達のハードルを下げられる可能性もあるだろう。
事業ドメインの設定時に活用したいフレームワーク
ここからは、事業ドメインの設定方法について詳しく解説していく。
事業ドメインの設定時には、「CTF分析(※CTM分析とも呼ばれる)」と呼ばれるフレームワークの活用が欠かせない。CTF分析とは、「顧客・機能・技術」の3つの観点から自社の強みを分析する手法のことだ。
では、具体的にどのような方法で分析を進めるのか、それぞれの観点に分けて簡単に紹介しよう。
CTF分析における3つの観点 | 概要 |
・顧客(Customer) | 自社製品の顧客に関する情報(年齢や性別、地域、志向など)を分析し、自社にふさわしいターゲット層を明確にする。新規顧客の開拓や、シェアの拡大には欠かせない要素となる。 |
・機能(Function) | 顧客のニーズを分析するために、自社製品が顧客に提供できる機能(顧客にとっての価値)を明確にする。優良顧客の獲得や持続的な開発環境の実現につながるため、事業ドメインの設定においては特に重要なプロセスとされている。 |
・技術(Technology) | 競合他社にはない、差別化できる自社技術を特定する。特定した技術は、自社における最も重要な基盤といえるため、このプロセスはコア事業の見極めや主力事業の立ち上げに役立つ。 |
上記のように3つの観点から分析を進めると、これまで気づいていなかった自社の強みなどを明確に把握できる。特に事業を多角化している企業は、客観的に見た自社の強みや武器が分かりづらくなっているため、積極的にCTF分析を活用していこう。
事業ドメインを設定する基本的な流れ
事業ドメインの設定時には、「どんなプロセスで進めるか?」という点も意識しておきたい。必要な工程を飛ばすと、適切な事業ドメインを設定できなくなる恐れがあるため、以下で紹介する基本的な流れもしっかりとチェックしておこう。
【STEP1】現状の把握・分析
まずは今後の正しい方向性を見極めるために、前述のCTF分析などを活用しながら現状を把握する。事業ドメインは「自社の強み」を軸に設定する必要があるため、特に市場における自社の独自性(アピールポイント)は明確にしておきたい。
ここで自社の強みを間違えて認識すると、事業ドメインの方向性がすべてズレてしまうため、現状の把握・分析は慎重に進めていこう。
【STEP2】事業ドメインの方向性を考える
自社の現状を把握したら、次は事業ドメインの大まかな方向性を決めていく。具体的には、【STEP1】で把握した自社の強みを意識しながら、「新規市場と既存市場のどちらで事業ドメインを設定するのか?」や「どの市場で勝負をするのか?」などを検討する。
そして大まかな方向性が決まったら、いよいよ各事業の活動領域を細かく設定していく。ただし、経営者の主観的なこだわりを反映しすぎると、やはり適切な事業ドメインの設定は難しくなるので、この工程においてもCTF分析の結果は強く意識しておきたい。
【STEP3】設定した事業ドメインの効果を調査・分析する
【STEP2】で決定した事業ドメインをすぐ自社に反映させると、大きな失敗を招く恐れがある。事業ドメインの設定は大企業でも失敗をすることがあるので、反映には慎重な姿勢を見せなくてはならない。
そこで必ず取り組んでおきたい工程が、設定した事業ドメインの調査・分析だ。これまでの経営状態と、事業ドメインを設定した場合の新たな経営状態とを比較し、「どんな効果が表れるのか?」や「期待していた効果を得られるのか?」などを慎重に分析する必要がある。
また、実際に得られる効果は他社の状況によっても変わってくるので、この工程では競合他社の調査も忘れないようにしよう。
【STEP4】取締役会による承認決議
前述で紹介した「組織の一体化」を実現するには、設定した事業ドメインについて周囲からの理解を得る必要がある。そのため、事業ドメインの設定後には取締役会を開催し、役員に対してきちんと説明をすることが重要だ。
また、役員からの承認を得ておかないと、コア事業に投下する経営資源を十分に確保できない恐れがあるため、取締役会は必ず開催しておこう。
事業ドメインの設定時に意識しておきたい2つのポイント
最後に、事業ドメインの設定時に意識しておきたいポイントを紹介しよう。以下の2つのポイントを意識するだけで、方向性を間違えるようなリスクは大きく抑えられる。
1.コア・コンピタンスに適した市場を選択する
「コア・コンピタンス」は、自社の格となる技術やノウハウを意味する言葉だ。事業ドメインの設定では、自社の強みにつながるコア・コンピタンスを特定するだけではなく、それに適した市場を選択することも重要になる。
例えば、成長市場に参入したとしても、自社のコア・コンピタンスが競合他社のものより劣っていれば大きな売上は見込めない。会社をスムーズに成長させるには、自社のコア・コンピタンスを最大限に活かせる市場を選択する必要があるのだ。
成長市場だからと言って安易に飛びつくと、たちまち競争力を失ってしまう恐れがあるので、参入する市場は慎重に選択しよう。
2.事業ドメインの範囲を狭くしすぎない
資金が限られた中小企業にとって、事業の選択と集中は常に意識すべき永遠の課題だ。しかし、事業ドメインの範囲をあまりにも狭くしすぎると、その市場の発展が止まったときに大きなダメージを受けてしまう。
もちろん過度な多角化は避けるべきだが、自社のコア・コンピタンスを最大限活かすには、事業規模の拡大についてもある程度は検討しておく必要がある。そのため、事業の選択と集中だけにとらわれず、数年後の将来を意識しながら事業ドメインの範囲を慎重に設定していこう。
手順やポイントを意識し、正しい方向性で事業ドメインの設定を
企業がスムーズに成長する上で、事業ドメインの設定は欠かせないものとなる。ただし、ドメインの設定時に方向性を間違えると、赤字経営や倒産などのリスクが急激に高まるので、今回解説した手順やポイントはきちんと意識しておくべきだ。
また、事業ドメインの設定時にはさまざまなデータや情報が必要になるため、焦らずにじっくりと各プロセスを進めていこう。
文・片山雄平(フリーライター・株式会社YOSCA編集者)