ゲーム理論のなかには、実際の経営に役立つものがいくつか存在する。特に今回解説する「ナッシュ均衡」は、現実のビジネスシーンにも頻繁に生じる現象だ。ナッシュ均衡は経営判断に役立つ知識となるので、これを機に基本や重要性、注意点などを学んでいこう。

目次

  1. ナッシュ均衡とは?
    1. ナッシュ均衡を生み出したジョン・ナッシュについて
  2. 例から学ぶナッシュ均衡の基本と重要性
  3. ナッシュ均衡はどういう状態?どんなビジネスシーンで活かせる?
  4. ナッシュ均衡戦略を用いるときの注意点
    1. 1.ナッシュ均衡は2つ以上存在することがある
    2. 2.すべての事象をナッシュ均衡で説明できるわけではない
  5. クールノー均衡とは?ナッシュ均衡との関係性
  6. ゲーム理論を学ぶことで、経営戦略の質を高められる

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ナッシュ均衡とは?

誰でもわかる「ナッシュ均衡」の基本!企業にとっての重要性や注意点を、例を用いながら解説
(画像=fotogestoeber/stock.adobe.com)

ナッシュ均衡とは、ある事象に関して各参加者が最適な選択をしている場合に、どの参加者もその選択を変更する理由がない状態、つまり均衡している状態のことだ。ナッシュ均衡はゲーム理論の一種であり、企業がこの状況と同じ戦略を実践することは「ナッシュ均衡戦略」と呼ばれている。

そのほか、ゲーム理論としては「絶対優位の戦略」と呼ばれるものも有名である。これは、ほかの参加者の選択肢に関わらず、常に同じ戦略をとったほうが優位性を築けるといった考え方の戦略であり、現実社会でも同じような状況は多く存在している。

しかし、頻度で言えばナッシュ均衡戦略のほうが高いため、まずはナッシュ均衡に関する知識をしっかりと身につけておきたい。

ナッシュ均衡を生み出したジョン・ナッシュについて

ナッシュ均衡の生みの親は、「ジョン・ナッシュ(John. Nash)」というアメリカ人だ。彼は1950年に「非協力ゲーム」の功績によって博士号を取得し、その後もゲーム理論に関する論文をいくつも残したことが評価され、1994年にはノーベル経済学賞に選ばれた。

ここまでを読むと経済学者のように見えるかもしれないが、実はジョン・ナッシュは数学者であり、なかでも微分幾何学においては偉大な功績を残している。現在ではすでに故人だが、彼の生み出した理論は現代社会でも重要視されており、特にナッシュ均衡は社会学や生物学などにも広く応用されている。

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例から学ぶナッシュ均衡の基本と重要性

上記の説明だけでは少し分かりづらいため、以下ではナッシュ均衡の有名な例を2つ紹介しよう。

【例1】男女の争い

あるカップルはデートの行き先を考えており、男性はボクシング観戦に、女性はオペラの鑑賞に行きたいと感じていた。男女はお互いの意見を主張するが、別々の場所に行く選択肢だけは避けたい。

男女はいずれも別の選択肢(行き先)を考え始めるが、自分だけ別の選択肢をとることになると、自分に生じる利益が小さくなってしまう。結局、男女のどちらも意見を変えることができず、話は平行線をたどってしまった。

【例2】囚人のジレンマ

ある2人の囚人が、別々の部屋で尋問を受けていた。それぞれの囚人には「自白する」「自白しない」の2つの選択肢があり、お互いの選択肢によって以下のように刑罰が変わってくる。

【1】両方とも自白をしなければ、懲役は2人とも2年になる
【2】両方が自白をすると、懲役は2人とも5年になる
【3】片方のみが自白をすると、自白をした囚人は無罪、自白をしなかった囚人は懲役10年になる

このような条件が設けられている場合、2人の囚人の刑罰を合理的に減らせる選択肢は【1】となる。しかし、「懲役10年は何としてでも避けたい」との思いから、2人の囚人はお互いに自白する【2】を選んでしまった。

上記の【例1】は、比較的分かりやすいナッシュ均衡の例だ。男女がお互いに自分の利益を優先すると、自分だけ行き先を変えるわけにはいかないため、結果的に2人ともナッシュ均衡戦略をとっている。

【例2】についても同様であり、別々の部屋で尋問を受けている場合は、相方の囚人に裏切られてしまう恐れがある。つまり、2人の囚人にとって自白しない選択肢はリスクが高いので、お互いに自白する選択肢は変えられない。

実はビジネスシーンにおいても、これらの例と同じような状況が発生することは珍しくない。そういった状況に直面したときに、ナッシュ均衡を理解しているかどうかで選択する戦略が変わってくる可能性があるので、ナッシュ均衡は経営者にとって必要な知識と言えるのだ。

ナッシュ均衡はどういう状態?どんなビジネスシーンで活かせる?

もう少しイメージをつかむために、次はビジネスシーンにおける具体例をひとつ紹介していこう。

【例3】飲食店の出店エリア

競合店にあたる飲食店Aと飲食店Bは、いずれも新宿駅周辺もしくは渋谷駅周辺への出店を考えていた。各エリアの想定客数は新宿駅周辺が1,000人、渋谷駅周辺が500人だが、同じエリアに出店した場合はブランド力の影響で、飲食店Aの客数のほうが4倍多くなる。

このとき、飲食店Aと飲食店Bが自社の利益を最優先した場合、お互いにどちらの出店エリアを選ぶべきだろうか。

この具体例における最善の選択肢を考えるために、まずは飲食店Aと飲食店Bの各選択肢における想定客数をまとめてみよう。

飲食店Aが新宿駅周辺を選ぶ 飲食店Aが渋谷駅周辺を選ぶ
飲食店Bが新宿駅周辺を選ぶ 飲食店Aの想定客数:800人
飲食店Bの想定客数:200人
飲食店Aの想定客数:500人
飲食店Bの想定客数:1,000人
飲食店Bが渋谷駅周辺を選ぶ 飲食店Aの想定客数:1,000人
飲食店Bの想定客数:500人
飲食店Aの想定客数:400人
飲食店Bの想定客数:100人

飲食店Aの立場で考えると、想定客数を増やせるエリアは新宿駅周辺(800人もしくは1,000人)となる。

一方で、飲食店Bにとっても新宿駅周辺は魅力的なエリアだが、飲食店Aが新宿駅周辺に出店すると考えた場合、飲食店Bの想定客数は200人となってしまう。したがって、この例において飲食店Bがとるべき戦略は、500人の想定客数を独占できる渋谷駅周辺となるだろう。

まさにこの状態こそ、ここまで解説してきたナッシュ均衡だ。仮に、どちらか一方が別の選択肢をとると、戦略を変えたほうが利益を損ねる(想定客数が減る)仕組みになっている。つまり、自社の利益を最優先した場合、飲食店Aと飲食店Bはお互いに戦略を変更するわけにはいかない。

現実のビジネスシーンでも、上記の例と同じような状況は十分に起こり得る。このときに経営者がナッシュ均衡戦略を理解していないと、曖昧な分析のまま戦略を変えてしまう恐れがあるだろう。

ナッシュ均衡戦略を用いるときの注意点

現実の世界ではさまざまな場面でナッシュ均衡が発生するものの、実際にナッシュ均衡戦略を用いる場合には注意しておきたいポイントがある。そこで次からは、経営者が特に注意しておきたい2つのポイントをまとめた。

1.ナッシュ均衡は2つ以上存在することがある

実はナッシュ均衡は、同時に2つの解が存在するケースもある。前述では解がひとつの例を紹介したが、例えば「飲食店の出店エリア(例3)」における想定客数が以下のように変化すると、ナッシュ均衡は同時に2つ存在することになる。

飲食店Aが新宿駅周辺を選ぶ 飲食店Aが渋谷駅周辺を選ぶ
飲食店Bが新宿駅周辺を選ぶ 飲食店Aの想定客数:500人
飲食店Bの想定客数:500人
飲食店Aの想定客数:600人
飲食店Bの想定客数:1,000人
飲食店Bが渋谷駅周辺を選ぶ 飲食店Aの想定客数:1,000人
飲食店Bの想定客数:600人
飲食店Aの想定客数:300人
飲食店Bの想定客数:300人

このとき、飲食店Aが新宿駅周辺で出店すると仮定した場合、飲食店Bが選ぶべき出店エリアは変わらず渋谷駅周辺となる。一方で、飲食店Bが新宿駅周辺に出店すると決めた場合、飲食店Aは渋谷駅周辺を選ばなければ想定客数を最大化できない。つまり、このケースでは「飲食店Aが新宿駅周辺、飲食店Bが渋谷駅周辺に出店する」と「飲食店Aが渋谷駅周辺、飲食店Bが新宿駅周辺に出店する」の2つのナッシュ均衡が存在しているのだ。

現実の世界においても、2つ以上のナッシュ均衡が存在するケースは珍しくないので注意しておこう。

2.すべての事象をナッシュ均衡で説明できるわけではない

ナッシュ均衡で説明できる事象は、ある程度限られている。例えば、じゃんけんのように確率が絡んでくる状況で解(最善の戦略)を導き出すには、混合戦略など別の理論との組み合わせが必要になる。

つまり、ナッシュ均衡だけで無理に戦略を立てようとすると、ケースによっては間違った戦略を選んでしまう恐れがあるのだ。ゲーム理論を用いて経営戦略を立てる場合は、ナッシュ均衡に限らず「どの理論を使うべきか?」について慎重に判断しなければならない。

クールノー均衡とは?ナッシュ均衡との関係性

ナッシュ均衡との関連性が強い用語として、「クルーノー均衡」と呼ばれるものがある。これは、2つの企業が同質財を生産する複占市場において、ナッシュ均衡と同様の状況が発生する現象のことだ。

本記事では詳しい解説は省くが、クルーノー均衡について学んでおくと、複占市場における最適な経営戦略を立てやすくなる。具体的には、競合企業の生産量をあらかじめ考慮することで、自社における最適な生産量を導き出せるようになるため、過剰な生産や在庫を抑えられる。

ナッシュ均衡よりもさらに専門的な話にはなるが、新規市場の開拓を狙っている企業にとって、複占市場での戦略を立てやすくなる点は大きい。そのため、時間に余裕のある経営者は、クルーノー均衡に関する基礎知識も合わせて身につけておこう。

ゲーム理論を学ぶことで、経営戦略の質を高められる

ナッシュ均衡のようなゲーム理論を身につけると、経営戦略の幅は一気に広がる。ナッシュ均衡はゲームを例に解説されることが多いため、なかには「実際の経営とは関係が薄い」と考える経営者もいるだろう。

しかし、これまで経営判断に迷っていたシーンを思い返せば、ナッシュ均衡に該当する状況がいくつか思い当たるはずだ。「ゲーム理論」とは呼ばれているものの、ナッシュ均衡によって最適な戦略を導き出せるビジネスシーンは決して少なくない。

特に他社との間で競争が生じている場合は、ナッシュ均衡やクルーノー均衡の知識を活用できる可能性が高いため、経営戦略の質を高めたい経営者はゲーム理論に関する知識を引き続き学んでいこう。

文・片山雄平(フリーライター・株式会社YOSCA編集者)