所得税法上、会社の支払いで一定のものは、所得税の源泉徴収が義務付けられている。従業員への給与などの支払いや社外への報酬等の支払いなどに源泉徴収義務があり会社は計算方法のルールに則り納税を行う。源泉徴収の範囲や計算方法は煩雑だがルールに従っていない場合、延滞税などのペナルティが課される可能性がある。会社支払いのうち所得税の源泉徴収義務がある範囲の理解が重要だ。
源泉徴収は、従業員の給与や賞与、また退職金といった社内向けの支払いと弁護士などの顧問料といった社外への報酬の支払いで計算方法が異なる。源泉徴収が必要な範囲、また具体的な業務フローとそれぞれの計算方法について紹介する。円滑な業務フローの構築に役立ててほしい。
目次
所得税の源泉徴収義務のある報酬の範囲

所得税における源泉徴収義務は支払先によっても異なる場合がある。ここでは以下の3つの観点から源泉徴収義務と不要例について解説する。
・従業員の給与や賞与
・従業員の退職金
・税理士などの顧問料や講演料、広告のための賞金など
1.従業員の給与や賞与
従業員への給与等の支払いで源泉徴収が不要の例 |
・一定金額以下の通勤手当や宿直・日直手当 ・通常必要な転勤費、出張費など ・従業員の技術習得のために支給する額 ・福利厚生として従業員を対象にする一定の保険の、会社が負担する保険料 ・福利厚生として会社が負担する一定の従業員の旅行費 ・永年勤続者への表彰記念品 ・従業員への自社製品の割引販売の値引き額 |
従業員への給与や賞与は所得税を源泉徴収し支払う。ただし従業員への給与などの支払いのうち一定のものは源泉徴収の対象外となる。
2.従業員の退職金
従業員へ退職金を支払う場合も所得税を源泉徴収する。
3.税理士などの顧問料や講演料、広告のための賞金など
社外への報酬などの支払いで源泉徴収が不要の例 |
・法人への支払い(馬主たる法人へ支払う競馬の賞金は源泉徴収) ・原稿料のうち1人に1回賞金として支払う額が、5万円以下のもの ・通常必要な範囲で会社がホテルなどに直接支払う旅費、宿泊料 ・支払う報酬のうち請求書などで明確に区分される消費税の額 |
社外への支払いのうち一定のものは源泉徴収の対象となる。支払先が法人である場合、基本的に源泉徴収は不要だ。一方支払先が個人事業主やフリーランスで一定のものは源泉徴収する必要がある。支払いが報酬と消費税が明確に区分されているなら消費税の額は源泉徴収の対象に含める必要はない。
従業員の給与と賞与の源泉所得税、年間徴収フロー
従業員の給与や賞与の源泉所得税を行う場合は一定のフローがある。ここでは3つのステップに分けて説明していく。
・ステップ1:従業員に「扶養控除等(異動)申告書」を提出させる
・ステップ2:給与・賞与のたびに源泉徴収し、翌月10日に納付
・ステップ3:「年末調整」で実際の所得税と合わせる
ステップ1.従業員に「扶養控除等(異動)申告書」を提出させる
従業員の給与から源泉徴収するためには、その年最初の給与を支払う前日までに「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を従業員に提出させる必要がある。様式は国税庁HPからダウンロード可能だ。給与などの源泉徴収では、従業員の「扶養控除」を加味した所得税額を簡易的に徴収する。従業員から提出される申告書に基づき源泉徴収を行う。
従業員の扶養親族の状況が年初から変動した場合、変動後の最初の給与前日までに従業員に提出させる。提出された申告書は、税務署長から提出を求められる可能性があるため保管しておく。
ステップ2.給与・賞与のたびに源泉徴収し、翌月10日に納付
給与や賞与の支払いのたびに源泉徴収を行う。具体的な計算は後述する。徴収した所得税は、給与や賞与を支払った翌月10日までに納付する。
ステップ3.「年末調整」で実際の所得税と合わせる
年末調整で従業員に提出させる書類 | 年末調整で会社が交付する書類 |
・扶養控除等(異動)申告書 ・配偶者控除等の申告書 ・保険料控除申告書 ・(特定増改築等)住宅借入金等特別控除申告書 |
・源泉徴収票(従業員用と税務署提出用) |
源泉徴収では簡易的な税計算しかなされない。本来の所得税額へ合わせるため「年末調整」で納税額の過不足を修正する。従業員には各種控除に関する申告書の提出を求めステップ1で述べた「扶養控除等(異動)申告書」も提出させることが必要だ。各種控除を加味しその従業員から源泉徴収してきた税額と本来の納税額との差を求める。
年末調整の結果、従業員の源泉徴収額が不足していた場合、年末調整をする月の給与から差し引きを行う。従業員への還付が発生する場合、年末調整した月に納める予定の源泉徴収税額から還付し納税額からも差し引く。還付しきれない場合「源泉所得税及び復興特別所得税の年末調整過納額還付請求書 兼 残存過納額明細書」を作成し税務署から還付を受ける。
年末調整を行った後は「給与所得の源泉徴収票」を従業員へ交付し税務署への提出も必要だ。
従業員の給与から源泉徴収する所得税の計算方法
会社が従業員の給与から源泉徴収を行う場合は項目を確認しながら算出することが必要だ。ここでは従業員給与における源泉徴収の計算の流れを3つに分けて解説する。
・給与の源泉徴収1:社会保険料を計算
・給与の源泉徴収2:給与から社会保険料を引く
・給与の源泉徴収3:扶養者の数に応じ「源泉徴収税額表」から算出
給与の源泉徴収1.社会保険料を計算
標準報酬月額 | ・4~6月の給与(手当含む)の平均額に応じる各等級の金額 (例) ・4~6月の平均給与:24万4,000円 → 標準報酬月額:24万円(19等級) ※19等級は給与の平均が23万~25万円の人が該当 |
標準賞与額 | ・賞与額面のうち1,000円未満の端数を切り捨てたもの ・150万円以上は一律150万円として扱う (例)賞与の額:50万5,600円→標準賞与額:50万5,000円 |
保険料率 ・健康保険料:11.66%(東京都の介護保険被保険者。折半分は5.83%) ・厚生年金保険料:18.30%(折半分は9.15%) |
給与等から源泉徴収するにあたりまずは従業員の社会保険料を計算する。社会保険料は従業員の「標準報酬月額」と「標準賞与額」から算出される。標準報酬月額は、4~6月に従業員へ支払った給与や手当の額を平均し各等級に当てはめて算出。標準賞与額は、支払った額の1,000円未満の額を切り捨てた数値だ。それぞれに共通の保険料率を掛けて社会保険料を算出する。
給与の源泉徴収2.給与から社会保険料を引く
支払う給与や賞与から社会保険料を引き「社会保険料控除後の給与等の金額」を算出する。差し引く社会保険料は折半分の金額だ。例えば東京都で標準報酬月額が24万円(19等級)、介護保険2号被保険者に該当する従業員なら健康保険料が1万3,992円、厚生年金保険料が2万1,960円だ。健康保険料率は都道府県によって違うため留意する。
給与の源泉徴収3.扶養者の数に応じ「源泉徴収税額表」から算出
社会保険料控除後の給与等の金額が算出できれば「源泉徴収税額表」を利用し源泉徴収する所得税額を求める。源泉徴収税額表は「給与」と「賞与」に分かれているため注意が必要だ。給与等の源泉徴収税額表には、徴収すべき所得税の額が記載されている。社会保険料控除後の給与等の金額と扶養親族等の数に照らし該当の税額を徴収。
賞与の源泉徴収税額表には「賞与に乗ずべき率」が記載されている。社会保険料控除後の金額に賞与の乗ずべき率を掛け源泉徴収する所得税を算出する。賞与に乗ずべき率は「前月の社会保険料控除後の給与等の金額」と扶養親族等の数で表から読み取れる。
退職金から源泉徴収する所得税の計算方法
退職金の源泉徴収をする場合の計算式は申告書の有無で異なる。具体的には以下のように算出していく。
申告書の提出がある | (退職金-退職所得控除)÷2×税率 |
申告書の提出がない | 退職金×20.42% |
「退職所得の受給に関する申告書」を提出させる場合
退職所得控除の計算 |
・勤続が20年以下 40万円×勤続年数 ・勤続が20年超 800万円+70万円×(勤続年数-20年) ※1年未満は繰り上げ (例)勤続年数30年1ヵ月の場合 800万円+70万円×(31年-20年)=1,570万円 |
退職金を支払うまでに従業員から「退職所得の受給に関する申告書」の提出があった場合、退職所得控除を考慮し源泉徴収税額を計算する。従業員の勤続年数から退職所得控除を計算し支給する退職金の額から差し引く。残差があればさらに半分にして退職所得の源泉徴収税額表から源泉徴収額を算出する。
「退職所得の受給に関する申告書」の提出がない場合
退職所得の受給に関する申告書がない場合は、退職金の額に20.42%を乗じた金額が源泉徴収する所得税だ。退職所得控除が考慮されていないため、源泉徴収する所得税額は大きくなる。
個人事業主等への報酬から源泉徴収する計算方法
税理士などの士業や個人事業主を行っている人への源泉徴収は支払内容によって若干異なる。ここでは4つの支払内容について解説していく。
・弁護士や税理士、司法書士への顧問料
・広告宣伝のために支払う賞金等
・原稿料、講演料の支払い
・外交員等への報酬の支払い
1.弁護士や税理士、司法書士への顧問料
支払内容 | 源泉徴収する所得税の計算方法 |
弁護士、税理士 | ・報酬が100万円以下の場合 報酬×10.21% ・報酬が100万円超の場合 (報酬-100万円)×20.42%+10万2,100円 |
司法書士 | (報酬-1万円)×10.21% |
弁護士・税理士の計算と司法書士の計算が違う点に留意する。顧問料等の報酬のうち登記料や登録免許税など国へ支払うことが明らかなものは報酬へ含める必要はない。
2.広告宣伝のために支払う賞金等
支払内容 | 源泉徴収する所得税の計算方法 |
広告宣伝のために支払う賞金 | (賞金-50万円)×10.21% ※50万円未満は源泉徴収が不要。賞品の場合、処分見込価額で評価 |
賞品が旅行への招待である場合、源泉徴収の対象ではない。ただしその旅行が賞品や現金と選択できるものである場合、その金品の額が報酬として扱われ源泉徴収の対象となる。
3.原稿料、講演料の支払い
支払内容 | 源泉徴収する所得税の計算方法 |
原稿料、講演料の支払い | ・報酬が100万円以下の場合 報酬×10.21% ・報酬が100万円超の場合 (報酬-100万円)×20.42%+10万2,100円 |
原稿や講演だけにとどまらず著作権の使用料やデザインの報酬、また翻訳や通訳などへの報酬支払いが該当し源泉徴収の対象となる。原稿料などの報酬にはデザインも含まれるが、デザインと施工の対価を一括し支払う場合でデザインの報酬部分が極めて少額であると認められるときは源泉徴収の義務はない。
4.外交員等への報酬の支払い
支払内容 | 源泉徴収する所得税の計算方法 |
外交員への報酬 | (報酬-12万円)×10.21% ※給与として支払う額がある場合、12万円から給与額を差し引く |
外交員とは、事業主から委託され事業主に代わって商品などの勧誘を行い販売の媒介をする人のことだ。外交員への報酬がその媒介による販売高に応じ計算される点も要素の一つである。つまり商品などの販売を外部委託しているケースが該当。外交員への報酬から源泉徴収する際は、報酬から12万円差し引き所得税を計算する。
ただし外交員へ給与として支払う部分があれば、その給与の額を12万円から差し引き差額を報酬から差し引き計算する。
納税義務者は事業主。指摘されないよう業務フローの確認を
所得税の源泉徴収は企業にとってコストだ。しかし法律で義務が定められている以上、ルールに則って行う必要がある。経営者としてはコストの抑制や徴収漏れを防ぐため、円滑な業務フローの構築が課題となるだろう。税理士等など専門家の助言を受け源泉徴収が必要な範囲や必要な書類などを確認しマニュアルを整備することが望ましい。
文・若山卓也(ファイナンシャルプランナー)