近年、ユーグレナが食品や化粧品として注目を集めている。ユーグレナ(和名:ミドリムシ)を商品化し、さらなる研究を続けている株式会社ユーグレナ 代表取締役社長 出雲 充氏にお話を伺った。

ユーグレナの屋外大量培養に成功し商品化するまでには、数々の失敗があったという。それがどのように現在の成功に結び付いたのか。起業するまでのいきさつや諦めないで繰り返すことの重要さ、量が質に転嫁するということを実体験からお話しいただいた。またそれとともに、現在日本が置かれている状況や、将来を生き抜くためのヒントについても今後の参考にしていただきたい。

(※本記事は2020年9⽉15⽇(火)18時から行われたウェビナー「『僕はミドリムシで世界を救うことに決めました』~1%の成功確率でも459回やると99%になる、繰り返すことの重要性〜」をもとに執筆されています。)

目次

  1. 多摩で過ごしたごく平凡な幼少時代
  2. バングラデシュで過ごした1ヵ月が人生を変えた
    1. 世界で最も貧しく人口の多い国の一つ、バングラデシュ
    2. バングラデシュでのインターンで出会った衝撃のビジネス
    3. バングラデシュの本当の貧しさは食べ物の「質」

多摩で過ごしたごく平凡な幼少時代

【特集#01】「僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。」ユーグレナ代表・出雲氏が語るユーグレナの可能性
(画像=株式会社ユーグレナ 代表取締役社長 出雲充氏)
【特集#01】「僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。」ユーグレナ代表・出雲氏が語るユーグレナの可能性
(画像=株式会社ユーグレナ)

私は東京のニュータウン、多摩で育ちました。父はサラリーマンで母は専業主婦、自分と弟の4人家族です。ごく平凡な中流家庭で育ちました。当時は自分が将来会社を作るということを考えることもなく、ベンチャー企業という言葉も一度も聞いたことはありませんでした。

そんな私がなぜこれほどまでに、「ミドリムシ」を好きになって起業しようと思ったのか。私にとって人生の転機ともいうべききっかけは、大学に入学して最初の夏休みにあります。

バングラデシュで過ごした1ヵ月が人生を変えた

ユーグレナ_1
(画像=Stephane/stock.adobe.com)

私は大学に入るまで、一度も海外に行ったことがありませんでした。そのため、高校生のときの夢は、外国に行くことでした。そして大学1年生の夏休みを使って、生まれて初めて外国に行くことにしました。パスポートを作りどこに行こうかと考えたとき、日本とそっくりな国旗のバングラデシュが目に留まりました。

世界で最も貧しく人口の多い国の一つ、バングラデシュ

多くの日本人は一生のうちに、バングラデシュへ観光やビジネスの出張で行くということは、おそらくほとんどないと思います。そんなバングラデシュにも二つ有名なことがあります。

一つ目は、人口が多いことです。北海道の2倍くらいの狭い国土に、日本よりも多い1億6,000万人もの人々が暮らしています。人口大国バングラデシュ。これは、どなたでも聞かれたことがあると思います。二つ目が、大変貧しい国だということです。バングラデシュの主要産業は農業です。およそ6,000万人の人がこの一次産業に従事しています。バングラデシュの農家の方々は、1日中農作業をしても所得が1ドル程度です。

国連は今、2030年までにこの地球で暮らす人を、誰ひとり取り残さないためにSDGs17の目標を掲げています。その最初に掲げられているのがこの「貧困撲滅」です。これは、1日150円以下で暮らす人を2030年までにゼロにしましょう、という国連の取り組みです。

しかし、バングラデシュの農家はこの1日150円というところに到達していません。世界でも最も貧しい国のひとつであるのがバングラデシュなのです。

バングラデシュでのインターンで出会った衝撃のビジネス

私は、バングラデシュのGrameen Bank(グラミンバンク)で1ヵ月間インターンをしました。「バンク」という名前の通り、銀行です。「グラミン」は英語ではなく、地元のベンガル語で「農家」という意味です。

グラミンバンクは、年収が3万円ほどの農家に年収と同じ程度の額を貸します。農業を営むほとんどの方は字が読めません。ですから、契約書に書いてあることが読めないし、自分の名前も書けないのです。ということは、3万円を借りてもその3万円の受領書にサインができないわけです。それでもグラミンバンクはお金を貸しました。ここがグラミンバンクの最もすごいところ、偉大なところ、おもしろいところなのです。

あなたはこの3万円でヤギを育てなさいと、銀行員がアドバイスします。彼らはその助言の通りヤギを飼い、乳搾りをしてミルクを市場で販売すると、収入があっという間に5倍になりました。

グラミンバンクからお金を借りた農家は、こうして借りた3万円を全員が返済することができたのです。グラミンバンクは、次にまた同じように生活の基盤が作れなくて困っている人に融資しました。するとまた、お金を借りた人の生活が豊かになって貸したお金が返済されました。こうして繰り返し融資することを続けたのです。この銀行の創設者ムハマド・ユヌス先生は、この業績を評価されて、2006年にノーベル賞を受賞しました。

その結果、今では約900万人もの貧しい農家の生活の基盤を作ることに成功しています。世界で一番貧しい国に「売り手よし、買い手よし、世間よし、三方よし」のすばらしいソーシャルビジネスがある。自分も日本に帰ったら、こういう素敵な仕事がしたいなと強く思いました。

バングラデシュの本当の貧しさは食べ物の「質」

バングラデシュで有名なことの2つ目は、とても貧しい国であるということでした。しかし、実際に行ってみるとバングラデシュは私が思っていたほど貧しさに困っているようには見えませんでした。

バングラデシュに行くまで、現地ではきっと食べ物が不足していてみんな飢えて困っているのだろうと思っていました。しかし実際はそんなことはありませんでした。

バングラデシュの人はお米が大好きです。カレーライスを山盛りにして食べている人をよく見ます。 彼らは日本人の3倍ものお米を食べているのです。ですからお腹が減ったと困っている人は、バングラデシュにはいないのです。

しかし皆、発育、成長の具合が悪い。それは、お米以外のものがまったく足りていないからです。生鮮品が足りていないのです。電気がなくて冷蔵庫がありませんから、食べ物が腐ってしまいます。それで、新鮮な野菜や果物、卵や牛乳のような、栄養価の高いさまざまな食料にアクセスすることができずに、栄養失調で困っているのです。そのような人々が、バングラデシュ以外の人も合わせ世界で10億人もいます。

そこで、私は日本に戻って、栄養の勉強をしようと思いました。一番栄養価の高いものを見つけて、それを日本からバングラデシュに持っていけば、みんな元気になって喜んでくれるに違いないと。最初は本当にそういった、きわめて単純な考えでした。