上場初日に東京証券取引所で鐘を打つ。メディアでも大きく報道され、経営者の多くが達成感を実感する瞬間だ。資金調達の代表的な手段であるIPO(新株発行を伴う上場)について、他の調達手段もふまえながら、その魅力を探る。

IPOのメリットと必要なステップは?

IPOとはInitial Public Offeringの略で、日本語に直訳すると「新規公募」となる。公募とは金融商品購入を広く公開して募ることであり、会社の株式を市場で誰でも購入できる状態にすることを意味する。

一方「上場」は、株式会社が発行する株式を証券取引所で取引することが認められることを意味し、株式を発行する会社を主体として株式公開という行為を説明した言葉だ。近年の日本における新規上場はほぼ100%新株発行を伴っており、IPO・株式公開・上場に実質的に意味の違いはない。

なおIPOはInitial(最初の)が冠せられるので、あくまで初めての株式公開だけを指す。上場している限りいつでも公募増資は行えるが、2回目以降はIPOではなくPOと呼ぶことに留意されたい。また、一旦上場廃止になった企業が再上場する際もIPOとは呼ばない。

資金調達手段としてのIPOの特徴は?

IPOは、新株発行によるまとまった額の資本金が手に入ることが最大のメリットだ。出資金であり、自己資本充実により財務体質はよくなる。借入金のように利子を付けて返済する必要もない。一段の成長を目指す企業の資金調達手段として、IPOが幅広く用いられていることは言うまでもない。

IPOには公募増資による資金調達以外にもさまざまなメリットがある。詳細に取り上げてみる。

まずはIPOを行う会社のメリットは以下の6つだ。

メディア露出が格段に増え知名度が向上、採用や取引先の開拓がしやすくなる 内部統制やコンプライアンスを順守することで、会社の信頼感と経営の安定性が向上する ストックオプションや従業員持ち株会等による、役員・従業員へのインセンティブが可能になる 公募増資だけでなく公募債の発行も可能になり、資金調達手段がさらに多様化する 株価という最も客観的で広く通用する会社の評価基準を得られる IPOに必要な一定数の株主を上場することで得られ、株式が流通しやすくなる

続いて株主のメリットは、以下の2つだ。

上場前からの株主に時価評価による大きな含み益をもたらし、売却もしやすくなる 広く一般投資家が新たな投資機会を享受できる

最後にIPOを行う経営者にとっての2つのメリットだ。経営者の人情としては最も魅力的に映るだろう。

持ち株の売り出し(含み益)により、巨額の創業利益を得られる 会社を大きくした名経営者として、個人としてのステイタスが向上する。(ZOZO創業者の前澤氏など、会社を手放した後で自由奔放な人生を楽しむ経営者も少なくない)

IPOにはどのような準備が必要?

経営にスピードが求められる時代と言われて久しいが、きわめて多くの関係者を巻き込み、多大なステップが必要なIPOは、そうそうスピーディにはできない。決算期や経営規模・状態によって幅はあるが、少なくとも3年以上前にはIPOを目指して準備を始めたい。

IPOに至るまでの主なステップについて時系列で解説しよう。まず、IPOの3年以上前までに監査法人によるショートレビュー(予備調査)を受け、IPOに向けた解決課題を抽出する。そして、予備調査結果を受け会社としての最終意思決定、IPO準備の社内プロジェクトチームを結成する。

IPOの2年前までには、主幹事証券を選定し、上場と新株発行のための取引所審査をクリアするための指導を受けることが必要となる。また、上場審査に必要な2期前会計監査を監査法人から受ける。資本政策・内部統制・事業計画といった上場申請に必要な体制の策定を本格化することも忘れてはならない。

そして、IPOの1年前までには、上場審査に必要な1期前会計監査を監査法人から受け、上場申請必要書類の作成を開始する。また、株主名簿の管理を担う株式事務代行機関(信託銀行・証券代行会社)を選定しておきたい。

IPOしたい当年には、上場申請書類を証券取引所に提出し、上場審査を受ける。苦労を重ねて準備した上場審査に合格すると、上場初日に晴れて東証アローズで鐘を打てることになる。

・東証一部、二部の上場条件(※日本取引所グループ「上場審査基準」より筆者作成)
項目 有価証券上場規程
東証二部 東証一部
(1)株主数
(上場時見込み)
2,200人以上 800人以上
(2)流通株式
(上場時見込み)
流通株式数 4,000単位以上
流通株式時価総額 10億円以上
流通株式数(比率)上場株券等の30%以上
流通株式数 2万単位以上
流通株式数(比率) 上場株券等の35%以上
(3)時価総額
(上場時見込み)
20億円以上 250億円以上
(4)事業継続年数 新規上場申請日の直前事業年度の末日から起算して、3か年以前から取締役会を設置して、継続的に事業活動をしていること 同左
(5)純資産の額
(上場時見込み)
連結純資産の額が10億円以上
(かつ、単体純資産の額が負でないこと)
同左
(6)利益の額又は時価総額
(利益の額については、連結経常利益金額に少数株主損益を加減)
次のa又はbに適合すること
a:最近2年間の利益の額の総額が5億円以上であること
b:時価総額が500億円以上
(最近1 年間における売上高が100 億円未満である場合を除く)
同左
(7)虚偽記載又は不適正意見等 最近2年間の有価証券報告書等に「虚偽記載」なし
最近2年間(最近1年間を除く)の財務諸表等の監査意見が「無限定適正」又は「除外事項を付した限定付適正」
最近1年間の財務諸表等の監査意見が原則として「無限定適正」
申請会社に係る株券等が国内の他の金融商品取引所に上場されている場合にはあっては、次の(a)及び(b)に該当するものでないこと
(a)最近1年間の内部統制報告書に「評価結果を表明できない」旨の記載
(b)最近1年間の内部統制監査報告書に「意見の表明をしない」旨の記載
同左
(8)株式事務代行機関の設置 東京証券取引所(以下「東証」という)の承認する株式事務代行機関に委託しているか、又は当該株式事務代行機関から株式事務を受託する旨の内諾を得ていること 同左
(9)単元株式数及び株券の種類 単元株式数が、100株となる見込みのあること
新規上場申請に係る株券等が、次のaからcのいずれかであること
a:議決権付株式を1種類のみ発行している会社における当該議決権付株式
b:複数の種類の議決権付株式を発行している会社において、経済的利益を受ける権利の価額等が他のいずれかの種類の議決権付株式よりも高い種類の議決権付株式
c:無議決権株式
同左
(10)株式の譲渡制限 新規上場申請に係る株式の譲渡につき制限を行っていないこと又は上場の時までに制限を行わないこととなる見込みのあること 同左
(11)指定振替機関における取扱い 指定振替機関の振替業における取扱いの対象であること又は取扱いの対象となる見込みのあること 同左
(12)合併等の実施の見込み 次のa及びbに該当するものでないこと
a:合併、会社分割、子会社化若しくは非子会社化若しくは事業の譲受け若しくは譲渡を行った場合又は2年以内に行う予定のある場合で、新規上場申請者が当該行為により実質的な存続会社でなくなる場合
b:新規上場申請者が解散会社となる合併、他の会社の完全子会社となる株式交換又は株式移転を2年以内に行う予定のある場合
同左

 

・東証マザーズの上場条件(※日本取引所グループ「上場審査基準」より筆者作成)
項目 有価証券上場規程
(マザーズ形式要件)
(参考)有価証券上場規程
(本則市場形式要件)
(1)株主数
(上場時見込み)
200人以上
(上場時までに500単位以上の公募を行うこと)
800人以上
(2)流通株式
(上場時見込み)
流通株式数 2,000単位以上
流通株式時価総額 5億円以上
流通株式数(比率) 上場株券等の25%以上
流通株式数 4,000単位以上
流通株式時価総額 10億円以上
流通株式数(比率) 上場株券等の30%以上
(3)時価総額
(上場時見込み)
10億円以上 20億円以上
(4)事業継続年数 新規上場申請日から起算して、1年前以前から取締役会を設置して継続的に事業活動をしていること 新規上場申請日の直前事業年度の末日から起算して、3か年以前から取締役会を設置して、継続的に事業活動をしていること
(5)純資産の額(上場時見込み) - 連結純資産の額が10億円以上
(かつ、単体純資産の額が負でないこと)
(6)利益の額又は時価総額
(利益の額については、連結経常利益金額)
次のa又はbに適合すること
a.最近2年間の利益の額の総額が5億円以上であること
b.時価総額が500億円以上
(最近1年間における売上高が100億円未満である場合を除く)
(7)虚偽記載又は不適正意見等 「上場申請のための有価証券報告書」に添付される監査報告書(最近1年間を除く)において、「無限定適正」又は「除外事項を付した限定付適正」
「上場申請のための有価証券報告書」に添付される監査報告書等(最近1年間) において、「無限定適正」
上記監査報告書又は 四半期レビュー報告書に係る財務諸表等が記載又は参照される有価証券報告書等に「虚偽記載」なし
新規上場申請に係る株券等が国内の他の金融商品取引所に上場されている場合にあっては、次の(a)及び(b)に該当するものでないこと
(a)最近1年間の内部統制報告書に「評価結果を表明できない」旨の記載
(b)最近1年間の内部統制監査報告書に「意見の表明をしない」旨の記載
最近2年間の有価証券報告書等に「虚偽記載」なし
最近2年間(最近1年間を除く)の財務諸表等の監査意見が「無限定適正」又は「除外事項を付した限定付適正」
最近1年間の財務諸表等の監査意見が原則として「無限定適正」
新規上場申請に係る株券等が国内の他の金融商品取引所に上場されている場合にあっては、次の(a)及び(b)に該当するものでないこと
(a)最近1年間の内部統制報告書に「評価結果を表明できない」旨の記載
(b)最近1年間の内部統制監査報告書に「意見の表明をしない」旨の記載
(8)株式事務代行機関の設置 東京証券取引所(以下「東証」という)の承認する株式事務代行機関に委託しているか、又は当該株式事務代行機関から株式事務を受託する旨の内諾を得ていること 同左
(9)単元株式数及び株券の種類 単元株式数が、100株となる見込みのあること 新規上場申請に係る株券等が、次のaからcのいずれかであること
議決権付株式を1種類のみ発行している会社における当該議決権付株式
複数の種類の議決権付株式を発行している会社において、経済的利益を受ける権利の価額等が他のいずれかの種類の議決権付株式よりも高い種類の議決権付株式
無議決権株式
同左
(10)株式の譲渡制限 新規上場申請に係る株式の譲渡につき制限を行っていないこと又は上場の時までに制限を行わないこととなる見込みのあること 同左
(11)指定振替機関における取扱い 指定振替機関の振替業における取扱いの対象であること又は取扱いの対象となる見込みのあること 同左

資金調達手段としてのIPOとM&A(事業譲渡)の違いは?

M&Aというと会社全体の売却・買収をイメージするが、会社の一部の事業だけを譲渡(売却)するのもよく行われるM&Aの一つだ。資金調達の有力な手段になるため、IPOとメリット・デメリットを比較してみる。

M&A(事業譲渡)を考える前に、IPOのデメリットをおさえる

IPOのメリットは前述したが、メリットとデメリットは紙一重だと説くことは、経営者の方々には「釈迦に説法」だろう。

適切にM&Aとの特徴を比較できるよう、ここであえてIPOをしないと回避できるIPOのデメリットを整理する。安心して投資をしてもらうために、会社や事業の健全性を常に報告し続けなければならない手間と経営裁量への制約が、デメリットの根本になる。

有価証券報告書や四半期決算に加え、大株主の異動・新規事業の開始・事故や訴訟といった、業績への影響が想定される事象の開示義務 取引所・株式事務代行機関・監査法人・有価証券報告書作成に必要なランニングコスト 大規模な株主総会の開催や株主優待の提供にも大きなランニングコスト 身内以外の株主が格段に多くなった株主総会で議案を通すのは大変、経営者の即決だけでは経営の重要事項を決められなくなる 見ず知らずの資本家から敵対的なTOB(株式公開買い付け)を仕掛けられ、会社の経営主導権を奪われる可能性がある 株価に影響を与えるインサイダー情報に厳格な管理が必要 株価や業績が低迷すると株主から厳しく追及され、取締役を解任されかねない 企業としての注目度や社会的責任が増大、些細なトラブルでもメディアやネット上で炎上しやすくなる

増資という資金調達とBS(貸借対照表)には計上されないブランド価値の果実を得るために、これら膨大な手間・コスト・制約は見合うものか。社会の一員としての企業の在り方を経営者として明確にし、IPOの是非を慎重に判断しなければならない。

M&A(事業譲渡)のメリットとは?

会社の一部事業を譲渡(売却)するM&Aは、単純に買い手との一対一の取引であり、市場を通じて不特定多数の取引相手を見つけるIPOとは実情が大きく異なる。この点を踏まえ、まずはそのメリットから解説する。

不採算や将来的に注力しかねる事業を切り離すことで、経営のベクトルがより明確になる 会社や事業の実情を示す情報は交渉時に買い手だけに示せばよく、広く社会に開示し続ける必要はない 事業譲渡に伴うコストは一般的に、M&A仲介会社への手数料、売却益が発生した場合の法人税だけで済む、これらはM&A実行時だけにしか発生しない 買い手が見つかり交渉がスムースに進めば、IPOよりはるかに早く資金が得られる IPOのように不特定多数の株主が増えることはなく、従来通り経営への裁量を保持できる IPOのように公にさらされることはなく、経営方針やトラブルで追及されるリスクを大幅に回避できる

M&A(事業譲渡)のデメリットは?

メリットも多い一方で、以下のようなデメリットもある。

売却対象部門の従業員や取引先に不安を与えないコミュニケーションや対策が大変、下手に事前に売却情報が漏れると売却交渉自体がご破算になりかねない 交渉時点で妥結した時価でしか売却できない、IPOのように株高になるタイミングを見計らった資金調達額のアップは見込めない IPOは単純に自己資本が充実するが、事業譲渡はその対象事業に関する資産や従業員を手放さなければならず、財務体質がマイナスに作用する場合がある

会社の成長にベストな戦略はあるのか?

すべての経営者が常に頭を悩ませる課題だが、王道の答えはない。会社の成長のためには投資による事業拡大が必要で、投資のためには資金が必要だ。

しかし資金調達手段は会社の状態や将来の方向性によって、その選択肢は大きく異なる。結果として「ベストだった」と後に感じるには、成功確率を上げる周到な判断しかない。

Slackも活用した直接上場とは?

ビジネス対話アプリで知られる「Slack」が昨年2019年にニューヨーク証券取引所に上場した際、IPOとは異なる手法を取り注目された。直接上場(ダイレクトリスティング)と呼ばれる、日本ではあまり聞きなれない株式公開の手法だ。

直接上場とIPOとの違い

新規に企業が上場する際、ほとんどの場合は資金調達を目的としているため、新株発行(増資)を伴うIPOの手法で行われる。これに対し直接上場は、新株発行を伴わないことが最大の特徴だ。すなわち発行済みの株式だけを公開し、市場で売り出すことになる。

直接上場のメリット・デメリット

直接上場の最大のメリットは、新株発行を引き受ける幹事証券会社を利用しないため、上場コストが大幅に抑えられることだ。また既存株主にとっては、値上がりによる含み益が期待できるとともに、発行株式数が増えないため持ち分比率(議決権割合)が維持できる。

一方デメリットは、IPO時のように幹事証券会社による公開価格の設定が行われないため、いくらでどれだけ売れるかが事前に読めないことだ。またかなりの知名度がある企業でない限り、売買そのものが成立しにくくなる(株式が流通しない)可能性も高い。

日本で直接上場したのは1999年以降、同年上場の杏林製薬1社しかない(日本取引所グループ)。日本における直接上場は、かなりの知名度がある企業で、資金調達に苦労していないが、相続税対策などの事情で創業一族が市場で持ち株を手放したい、といったレアなケースに限られるのかもしれない。

IPOせずに会社の持続的な成長を続けられる企業はごくわずか

日本の著名企業で非上場企業は、サントリー・竹中工務店・YKKなど数えられるほどしかない。会社の規模が大きくなればなるほど、社会とのつながりは大きくなる。健全な経営とその状況を確認できるディスクロージャーが求められるがゆえに、肥大化する組織の緊張感を保ちやすくなる。

会社が大きくなれば、会社を持続させる経営者の責任も大きくなる。その責任の実現としてIPOを位置付けることはできないだろうか。

文・高千穂一也 (ビジネスライター)