小規模企業共済は中小企業の経営者や個人事業主が退職後の生活資金の一部を準備するための国の制度だ。「掛け金は全額所得控除」「退職時などに受け取る共済金は退職所得・公的年金等の雑所得」「各種貸付制度の利用が可能」など経営者にメリットのある制度である。しかし共済金はどのような事由に該当すれば受け取れるのだろうか。
今回は小規模企業共済の共済金が受け取れる「請求事由」の種類と受取額の目安について解説する。

目次
共済金の受け取りは退職時等が基本

小規模企業共済の共済金は、経営者や個人事業主が退職をする際に受け取るのが基本だ。しかし他にも「請求事由」に該当すれば共済金等を受け取ることができる。まずはどのようなときに共済金等を受け取れるのか、その種類について確認していこう。
・小規模企業共済の請求事由
共済金等の種類 | 請求事由 |
共済金A | 【個人事業主】 ・個人事業の廃業 ・共済契約者の死亡 【法人(株式会社等)の役員】 ・法人の解散 【共同経営者】 ・個人事業主の廃業に伴う共同経営者の退任 ・病気やけがが原因の共同経営者の退任 ・共済契約者の死亡 |
共済金B | 【個人事業主】 ・老齢給付 (65歳以上で180ヵ月以上掛け金を払い込んだ場合) 【法人(株式会社等)の役員】 ・病気、けがまたは65歳以上での役員の退任 ・共済契約者の死亡 ・老齢給付 (65歳以上で180ヵ月以上掛け金を払い込んだ場合) 【共同経営者】 ・老齢給付 (65歳以上で180ヵ月以上掛け金を払い込んだ場合) |
準共済金 | 【個人事業主】 ・個人事業の法人成りによる加入資格喪失のための解約 【法人(株式会社等)の役員】 ・法人の解散、病気、けが以外の理由または65歳未満での役員の退任 【共同経営者】 ・個人事業を法人成りによる加入資格喪失のための解約 |
解約手当金 | 【個人事業主】 ・任意解約 ・機構解約 (掛金を12ヵ月以上滞納した場合) ・個人事業の法人成りによる加入資格が無くならなかった後の解約 【法人(株式会社等)の役員】 ・任意解約 ・機構解約 (掛金を12ヵ月以上滞納した場合) 【共同経営者】 ・任意解約 ・機構解約 (掛金を12ヵ月以上滞納した場合) ・共同経営者の任意退任による解約 ・個人事業の法人成りによる加入資格が無くならなかった後の解約 |
このように退職(老齢給付)以外にも退任・廃業・解散・死亡・解約時などさまざまな事由によって共済金等が支払われることになる。
・共済金等の受取額は?
では共済事由に該当した場合にはどれくらいの共済金等を受け取ることができるのだろうか。掛け金の納付月数や毎月の掛け金によって受け取る額は異なるが、毎月1万円の掛け金を納付した場合の共済金等の額は下記の通りだ。なお掛け金月額が2万円・3万円の場合は、上記金額をそれぞれ2倍・3倍すれば共済金等の額が計算できる。
掛け金納付月数が長くなるほど共済金等の支給割合も多くなっていく仕組みだ。
【掛け金月額1万円の場合における共済金等の額】
掛け金納付年数 | 5年 | 10年 | 15年 | 20年 | 30年 |
掛け金合計額 | 60万円 | 120万円 | 180万円 | 240万円 | 360万円 |
共済金A | 62万1,400円 | 129万600円 | 201万1,000円 | 278万6,400円 | 434万8,000円 |
共済金B | 61万4,600円 | 126万800円 | 194万400円 | 265万8,800円 | 421万1,800円 |
準共済金 | 60万円 | 120万円 | 180万円 | 241万9,500円 | 383万2,740 円 |
解約手当金 | 掛け金納付月数に応じて掛け金合計額の80~120% 相当額が受け取れる。 掛け金納付月数が240ヵ月(20 年)未満の場合は掛け金合計額を下回る。 |
解約した場合のデメリットは?
上記表にもある通り掛け金納付月数が20年未満で解約をした場合には、解約手当金は掛け金合計額を下回ってしまう。さらに途中で掛け金を増額・減額した後に解約をした場合などは、加入期間が20年を超えていても解約手当金が掛け金合計額を下回ってしまう場合がある。これは、小規模企業共済では掛け金納付月数を掛け金月額500円を1口とした「掛け金区分」ごとに計算しているためである。
この掛け金区分による納付月数の考え方は共済金・準共済金についても同様である。任意解約した場合の掛け金納付月数に応じた解約手当金の計算例は下記の通りだ。
【任意解約時の解約手当金の計算例】
・試算の前提
加入:2020年4月に掛け金月額1万円で加入
増額:2028年4月に掛け金月額を1万円増額・2033年4月に掛け金月額をさらに3万円増額
減額:2034年3月に掛け金月額を1万円減額
任意解約:2040年10月に任意解約
区分 | 掛け金月額 | 掛け金納付月数 | 掛け金納付合計額 | 掛け金区分にかかる掛け金納付月数に対する支給割合 | 解約手当金額 |
(a) | 1万円 | 247ヵ月 | 247万円 | 100.25% | 247万6,175円 |
(b) | 1万円 | 151ヵ月 | 151万0,000円 | 88.75% | 134万125円 |
(c) | 2万円 | 91ヵ月 | 182万円 | 81.25% | 147万8,750円 |
(d) | 1万円 | 11ヵ月 | 11万円 | 80.00% | 8万8,000円 |
合計 | 591万円 | 538万3,050円 |
(a)1万円を支払っていた2020年4月から2040年10月の部分
(b)2万円を支払っていた2028年4月から2040年10月の部分
(c)4万円を支払っていた2033年4月から2040年10月の部分
(d)5万円を支払っていた2033年4月から2034年3月の部分
このように全体としては20年以上の掛け金納付月数がある場合にも掛け金区分ごとに支給割合が定められている。そのため任意解約をすると解約手当金がそれまで支払った掛け金合計を下回るケースがあるのだ。この点には注意が必要である。
誰が受け取れる?受取方法は?契約者が死亡時の共済金について
前述の通り契約者が死亡した場合にも共済金(死亡退職金)が支払われる。しかし共済金を請求できる遺族等の「受給権者」範囲や順位は民法上の相続の一般原則とは異なり民間生命保険会社における死亡保険金の受取人の範囲とも異なっているのが特徴だ。ただし共済金は生命保険と同様に相続税法上の「みなし相続財産」の対象となる。
小規模企業共済法に規定されている共済金を請求できる遺族等の範囲や順位は下記の通りだ。
【共済契約者の死亡に伴う受給権者の範囲および順位】
受給権順位 | 続柄 | 備考 |
第1順位者 | 配偶者 | 内縁関係者も含む(戸籍上の届け出はしてないが、事実上婚姻と同様の事情にあった人) |
第2順位者 | 子 | 共済契約者が亡くなった当時、主として共済契約者の収入によって生計を維持していた人 |
第3順位者 | 父母 | |
第4順位者 | 孫 | |
第5順位者 | 祖父母 | |
第6順位者 | 兄弟姉妹 | |
第7順位者 | その他の親族 | |
第8順位者 | 子 | 共済契約者が亡くなった当時、主として共済契約者の収入によって生計を維持していなかった人 |
第9順位者 | 父母 | |
第10順位者 | 孫 | |
第11順位者 | 祖父母 | |
第12順位者 | 兄弟姉妹 | |
第13順位者 | ひ孫 | |
第14順位者 | 甥・姪 |
契約者が死亡後等も契約が継続できる?
契約者が死亡した場合には前述の請求事由に該当するため、遺族等が共済金を受け取ることができる。しかし契約者の死亡を含めて次のいずれかに該当する場合には、共済金等を受け取らずにそれまで契約者が支払った掛け金納付月数を引き継いで契約を継続することが可能だ。これを「承継通算」という。
・承継通算
1個人事業の全部を譲り受けた場合
2個人事業主の死亡により、その事業の全部を相続した場合
3個人事業主が配偶者または子へ事業を全部譲渡あるいは相続したことに伴い共同経営者の地位を譲り受けた場合
4共同経営者の死亡により、その地位を相続した場合
承継通算を利用できるのは、それまでの契約者の「配偶者または子」に限られる。また1回のみ通算が可能だ。配偶者または子が事業を引き継ぐ場合、新たに共済契約を締結すると掛け金納付月数は1からのスタートとなる。前述の通り掛け金納付月数が長いほど共済金等の支給割合も大きくなっていくため、承継通算を利用したほうが有利になるケースもあるだろう。
なお承継通算は、共済金等を受け取った場合と同様に課税対象となり死亡による承継通算の場合には共済事由が発生した時点の共済金等の額(一時金)がみなし相続財産として相続税の課税対象となる。譲渡の場合にも同様に課税対象となるため、実際の課税関係については税務署・税理士などの専門家に相談のうえ手続きを進めていただきたい。
このように承継通算は配偶者または子が利用できる制度であるが、契約者本人が利用できる通算制度もある。こちらは「同一人通算」となり下記のいずれかに該当する場合には、契約者本人が共済金などを受け取らずにそれまでの掛け金納付月数を通算して共済契約を続けることが可能だ。
・同一人通算:旧共済契約者と通算申出人は同一人であることが条件
1個人事業主が事業を廃止または法人成りした場合(会社等に組織変更)
2会社等の役員が会社等の解散または役員を退任した場合
3共同経営者が共同経営者を退任した場合(同一の事業を営む個人事業主の事業の廃止・法人成りを含む)
上記1~3のいずれかに該当し、かつ次のいずれかの場合に同一人通算の利用が可能となる。
1新たに個人事業を始めた場合
2会社等の役員に就任した場合
3新たに個人事業の共同経営者に就任した場合
・承継通算、同一人通算の手続き
「承継通算」「同一人通算」のどちらも申出期間は共済金等の請求事由が発生してから1年以内だ。また通算申出人は下記の「小規模企業者」である必要がある。小規模事業者に該当する場合には、所定の書類等を提出し手続きを行う。
1建設業、製造業、運輸業、サービス業(宿泊業・娯楽業に限る)、不動産業、農業等
従業員数が20人以下の個人事業主または会社等の役員
2商業(卸売業・小売業)、サービス業(宿泊業・娯楽業を除く)従業員数が5人以下の個人事業主または会社等の役員
3組合員数が20人以下の企業組合の役員、従業員数が20人以下の協業組合の役員
4従業員数が20人以下で農業の経営を主として行っている農事組合法人の役員
5従業員数が5人以下の弁護士法人、税理士法人等の士業法人の社員
6上記1と2に該当する個人事業主が営む事業の経営に携わる共同経営者
相続による承継通算時の必要書類
・新共済契約者(配偶者又は子)の印鑑登録証明書(発行後3ヵ月以内)
・新共済契約者と現共済契約者の続柄が分かる戸籍謄(抄)本(発行後3ヵ月以内)
・納付月数通算申出書兼契約申込書(承継通算用)
・預金口座振替申出書
・共済金等の受給権及び事業の全部または共同経営者の地位の承継に係る届出書
・共済契約締結証書
個人事業の法人化による同一人通算時の必要書類
・個人事業の廃業届
・新たな法人(株式会社等)の履歴事項全部証明書(商業・法人登記簿謄本)
・納付月数通算申出書兼契約申込書(同一人通算用)
小規模企業共済の共済金受け取りは民間保険とは異なるため注意しよう
今回解説したように小規模企業共済では契約者の退職時のほかに解約・死亡時にも共済金等を受け取ることができる。また条件に当てはまれば共済契約の掛け金納付月数を通算して引き継ぐことも可能だ。制度の内容を理解したうえで自身や家族のために活用していこう。
文・澤田朗(フィナンシャルプランナー・相続士)