降格人事は、会社経営にとってネガティブなイメージがあるかもしれない。だが組織である以上は規律や成長も重要だ。そのため降格人事によって社員にルールの重要さを示すことも大切である。本記事では降格人事の種類や実施できる条件、注意点について解説する。
目次
降格とは?

降格とは会社組織において、社員の職位(役職)や職能資格(等級)を下げることである。降格には、会社内での人事権によって行われるものもあれば、社員の問題行動などに起因する懲戒処分もある。
経営者の義務には会社の健全な存続と成長があるため、時には社員の降格人事が必要になる。会社の人事調整において、必要なスキルを身に付けて成長を促すためや、自社で定めたルールを守らない社員に対して罰を与え、全社員に規律の重要性を行動で示さなければならない。
降格と聞くと、どうしても社員に対してマイナスイメージを与えてしまうかもしれない。だが会社だけでなく社員にとって必要な処置であることを、しっかりと共通認識を持っておくことが重要だ。
降格の種類と特徴
降格には人事降格と懲戒処分の2つがある。ここではそれぞれについて詳細を説明する。
人事降格
人事降格は、会社が持つ人事権を行使することによって行われる降格である。
「職位」(課長、部長など)の降格は、職位限定の約束事などがない限りは、就業規則への記載が無くても雇用者側の判断によって実行できる。
それに対して、業務の資格等級分けに該当する「職能資格」(一般職2等級など)の降格は、就業規則に基準を定めるなど、降格事由を明確にする必要がある。基本給の減少などの不利益につながるためだ。
会社側は、雇用者との労働契約によって人事権の行使に対して承諾を得ている立場である。しかし過去の労働裁判においては、会社側の権利濫用による降格であるとして、無効という判決をくだされた事例もある。
こういった背景もあり、人事降格を行う場合は、以下の2点に注意しなければならない。
①人事降格を行った事由に合理性があり、業務上必要であること
②人事降格の対象社員に対して、多大な不利益を及ぼさないこと
懲戒処分
従業員を雇用して使役する立場にある経営者は、会社内の秩序を守るための権利を行使する権限を持っている。会社の秩序を著しく乱すような社員に対して、懲戒という罰を下せる。
ただし人事降格の職位降格とは違って、懲戒処分に該当する事由や項目について、就業規則に合理的な内容を明記した上で周知する必要がある。
懲戒処分に該当するような事例には、以下のようなものがある。
- 職場の規律に違反し、風紀を乱すような行為:就業規則の禁止行為の実行など
- 二重就職:会社に無許可で他の労働契約を結ぶ行為(無許可兼業も含まれる)
- 職務怠慢:ルート営業を外れた行為や私的なメール利用など
- 機密情報の漏洩:社外秘の情報を他者に故意に伝える行為
- 経歴詐称:労働契約時に雇用主に虚偽の経歴を伝える行為
- 非法行為:会社内だけでなく、社外での私生活においても違法行為を行うこと
降格人事をしてもいいケース
それでは降格人事をしてもいいケースにはどのようなものがあるのだろうか。
勤務態度の悪化
懲戒処分を下すまでの問題行動ではないにせよ、勤務態度の悪化が顕著であり、他の社員にも悪影響を与える以下のような場合は適時対応すべきだろう。
- 遅刻が多く、改善の指導をしても無視する
- 無断欠勤が続いており、改善の要請をしても問題行動が続く
- 許可されていないにも関わらず、休日に無断出勤が多い
遅刻や無断出勤・欠勤などは、明確な回数で降格の基準を設けることは難しい。ポイントは、再三の改善要請に耳を傾けないことや、無許可での行動が多いといったことである。
社員に問題行動があった場合には、会社側もしっかりと改善するように伝えた上で、指導の証拠を残さなければならない。
勤務態度の悪化による降格処分を不服として社員が裁判を起こした場合、降格が社会通念上妥当であることが論点となるため、問題行動に関する明確な基準を設けることも重要である。
配置転換
配置転換とは、会社の人事権を活用して、職種や所属部署、勤務地などを変更することである。会社側は従業員に対する配置転換の命令権を有しており、労働契約が法的な根拠となっている。また就業規則に明記することで従業員に周知することもできる。
配置転換先の組織に所属している役職者の状況や、配転先での業務経験不足などを鑑みて、スキルアップの期間を設けるために降格という形式を取ることもある。
雇用主である会社側が配置転換の命令権を有しているとはいえ、「民法1条3項」及び「労働契約法3条5項」では、会社側の権利濫用は禁止されている。配置転換によるトラブルを防ぐためには、人事発表時にやむを得ず降格となる事由を従業員に説明することが重要である。
成績の低下
営業成績の低下なども、降格の理由とできる。会社側が設定した予算や個人の目標管理などで取り決めた数値に対して、著しく未達が続く場合などが該当する。
ただし、人事降格の項目で説明したように、職位の降格は会社側の判断のみでも実行できるが、減給などの不利益を生じかねない職能資格の降格は、就業規則への明記を行って社会通念上でも妥当と判断できる事由が必要となる。
降格人事の代表的な方法
降格人事にはいくつかの方法がある。ここでは、降格人事において特に行われる方法について、いくつか紹介する。
減給
降格人事における減給は、懲戒処分において減棒と呼ばれることも多い。一定の割合で給与を下げる方法や職能資格の降格に伴う基本給与の減少がある。
懲戒処分による減給については、労働基準法第91条に金額や期間が定められている。
異動
異動の中にはさまざまな言葉があり、職種や勤務地の変更などの配置転換を行う「転勤」はもちろん、いったん労働契約を終了させて新しく契約を結び直す「転籍」や、後述の「出向」がある。
降格人事における異動は、従業員の成長を促すジョブローテーションの意味合いとしての異動とは違う。業務成績の低下や勤務態度の悪化などの会社のルール違反などを事由とすることもあり、減給を伴うことが多い。
出向
「出向」は異動の一つであり、従業員がこれまで所属してきた会社に在籍したまま、他の会社で業務に従事することだ。出向に関しては民法にも言及されており、従業員の承諾が必要である。
労働契約の権利義務が出向先の企業に一部譲られるが、復帰については、基本的に出向元の命によって従業員との合意なしに実施できる。
降格人事における出向の場合は、賃金の減給や役職の降格などが伴うことがあるため、従業員にとって不利益となる可能性が高い。就業規則において、配置転換による出向との違いについて明記しておくことが望ましい。
降格人事を行う際の4つの注意点
降格人事を行う際には、会社側の権利濫用によって行われてはならない。また、社会通念上妥当であるか否かも重要である。ここでは、降格人事を行う場合の4つの注意点について説明する。
就業規則に降格について明記しておく
降格人事の中には、会社側の裁量で行えるものと、降格対象者にとって不利益を伴うものがある。また、労働契約において職位を限定する旨が記載されている場合も、一方的に降格人事を行うことはできない。そのため、降格人事についてのルールを、就業規則に定めておく必要がある。
就業規則は、社員を常時10名以上雇っている会社には、作成と届出が労働基準法によって定められている。ただし、社員10名以下の会社においても、就業規則を作成して社員に周知することで効力が生まれる。そのため社員数に限らず、降格人事に関するルールを記載した就業規則を作成することをおすすめする。
なお、就業規則に記載されたルールが合理的でない場合は、該当項目が無効となることもあるので、会社側の一方的な都合で項目を作成してはならない。
降格となる具体的な根拠や証拠を集めておく
降格人事の理由が社員にとって納得いかないような時は、訴訟に発展することもあり得る。そのため、降格人事を行ったことが妥当であるという根拠や証拠を、降格を実施する前に集めておかなければならない。
懲戒処分に該当するような行動があった場合は、その社員の行動履歴が書面やデータなどで残されていることが重要である。異動に伴うやむを得ない降格の場合は、就業規則のどの項目に該当するかを示す必要もあるだろう。
悩ましいのが、懲戒には至らないほどの社員の問題行動に対する降格である。例えば、無断欠勤が多い時など、連絡もなしに無断で欠勤していたという証拠を集めるのは難しいだろう。そういった場合は、メールを利用して、欠勤理由を事前に連絡するように改善を促す旨を都度伝え、指導を行ったというエビデンスを残すことが重要である。
無闇に一方的な降格人事を行わない
降格人事を行うのには何らかの理由がある。確かに懲戒処分に該当する場合は、すぐにでも降格を行いたくもなるだろう。しかし降格人事を行う前に、社員にも弁明の機会を設けることが重要である。
会社側から一方的に無闇やたらと降格人事を行えば、他の社員の不信感を煽ることにもつながるため、降格人事を行う理由を伝えると同時に、社員側の意見にも耳を傾けることを忘れてはならない。
降格人事に性差を理由にしない
日本では男女雇用機会均等法が定められており、雇用や職場での待遇において性差があってはならない。降格人事においても同様であり、降格条件に男女による違いを設けるのはもちろん、性差によって降格の優先順位を決めてもいけない。
同じように、障害者雇用促進法に基づき、障害者に対しても差別的な降格を行ってはならない。
降格人事についてのルールを設け、社員に周知しよう
降格人事は、人事権の行使だけでなく、時に会社にとって必要な規則遵守の徹底のために行われる。降格人事は会社の判断で行っても良い場合もあるが、社員の納得を得られなければ、降格人事を言い渡された社員だけでなく、他の社員の信頼を損ねることにもなりかねない。
就業規則に降格人事についてのルールを設けるのはもちろん、その内容をしっかりと周知し、降格人事が妥当であることを納得してもらうことも重要である。そのためには、社員との定期的なコミュニケーションの場を設けて、ルールの妥当性についても議論してみてはいかがだろうか。
文・隈本稔(キャリアコンサルタント)