ここ数年、大企業によるM&A(合併・買収)が頻発している。ホンダや日立、東芝、三菱ケミカルホールディングスといった大企業が、M&Aなどによる傘下企業の再編を相次いで発表。

一方、中小企業では後継者不足が社会問題となっており、その解決の手段のひとつとしてM&Aが活用されている。気になるのは、M&Aされる際の「企業の値段」。はたしてどのような基準で企業の売却・買収の値段が決まるのだろうか。

そこで企業査定に関する専門家に企業査定のプロセスをインタビュー。手法に加え、その後に企業を高く売る、あるいは安く買うポイントを解説してもらった。

吉永 誠
吉永 誠(よしなが・まこと)
公認会計士。監査法人トーマツを経て、トラスティーズ・コンサルティングLLPに入所。監査法人では金融事業部に所属し、大手金融機関の財務諸表および内部統制監査に従事。トラスティーズ入所後は、金融やファイナンスの経験を生かし、主に株式や新株予約権の評価業務、M&A関連業務を担当している。

後継者不足の問題解決策のひとつとしてM&Aが注目されている

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(画像=Michail Petrov/stock.adobe.com)

ここ数年、大企業によるM&Aや傘下企業の再編が頻発している。ホンダと日立製作所が、傘下の自動車部品会社など3社を統合することを発表。また、東芝が東芝プラントシステムなど3社を、三菱ケミカルホールディングスが田辺三菱製薬を、いずれもTOB(株式を市場で買い付けること)で取得し、完全子会社化することを打ち出した。

大企業間でM&Aが頻発する理由についてはさまざまな指摘があるが、政府や東証が推し進めようとしている株式市場の再編が大きく関係しているようだ。

一方、2019年2月に中小企業庁が作成したリポートによると、今後10年間で70歳(引退する年齢の平均)を超える中小企業・小規模事業者の経営者は、全国で約245万人。

そのうち「約半数の127万人の後継者が未定」だという。これは日本企業全体の約3分の1に相当する数字だ。さらに、中小企業庁はリポートの中で、現状のままだと中小企業の廃業が急増すると警鐘を鳴らす。

M&Aは、こうした中小企業の後継者不足問題の解決策の1つとして注目されている。自分の会社を他社に売却することによって、その企業の雇用や技術を守るわけだ。M&A助言を手掛けるレコフによると、2019年の日本企業のM&A件数は4,088件。最多だった2018年の3,850件を上回り、過去最高を更新した。この中で、事業の継承を目的とした案件は前年比14.6%増の606件にのぼる。

気になるのが、企業の買収や売却の際にどのように値段が決められているのかということだ。そこで出番となるのが「デューデリジェンス(DD=企業査定)」である。公認会計士として多くのM&A案件に携わっている、トラスティーズ・コンサルティングLLPの吉永誠さんはM&Aの流れについてこう話す。

「大きな流れとしては、まずM&Aの仲介会社が企業の売りたい、買いたいというニーズを拾い、その会社の情報をまとめた資料(IM=インフォメーション・メモランダム)を提示して『こんな会社があるんだけど買いませんか』などと営業をかけ、買い手の意向を探ります。買い手から『これくらいの値段なら買ってもいい』という返事(意向表明)が来た段階で、さらに踏み込んだ情報を買い手に与えるため、デューデリが始まることになります」(吉永さん、以下同じ)

最初の段階では、IMのような情報がまとまった資料ではなく、会社の規模や業種だけがのったリストのみ買い手側に提示することもあるという。事業会社は買い手、売り手とも企業査定やM&Aのプロフェッショナルではないため、会社を売りたい、買いたいと考えても交渉の進め方がわからない。そこで、M&A仲介やコンサルタント会社が代理人として間に立って交渉を進めていくわけだ。

株価算出のために使われる3つの手法とは

一概にデューデリといっても、上場企業のような規模が大きい会社の場合、様々な部門に分かれて調査が行われる。たとえば、その会社が法律違反をチェックする「法務DD」、事業の収益性などを調べる「ビジネスDD」。ほかに、「税務DD」、「労務DD」、「財務DD」、「環境DD」などに細分化される。法務なら法律事務所、税務なら税理士事務所といった具体にそれぞれ専門家がDDを行っていくわけだ。

「売り手側の工場に土壌汚染があったとすれば、浄化するのにどの程度のコストが発生するとか、訴訟のリスクを抱えているなど、その会社がどんなリスクを抱えているかを調べます。デューデリジェンスは、それぞれの項目の専門家がその会社が抱える可能性やリスクを見つける作業と言っていいでしょう。もし、何らかのリスクが見つかれば、算出された会社の価値からそのリスクの分を差し引いていって、最終的な価格が決まっていきます」

では、その「会社の価値」はどうやって決まるのか。吉永さんによると、「M&A業界のプロなら、おおよその価格はイメージできる」というが、もちろん、そのイメージで価格が決まるわけではない。現在のM&A業界で活用されている企業価値の主な算出方法は、以下の3つだ。

①DCF法
②マルチプル法
③純資産法

DCF法の「DCF」は「ディスカウントキャッシュフロー」の略。将来その会社が生み出すとされるキャッシュフローを、現在の価値にディスカウント(割引)して企業価値を算出する方法だ。②のマルチプル法は「類似公開会社比較法」あるいは「倍率法」などとも呼ばれ、その会社と類似している上場会社のデータを元に価値を割り出す手法。③の純資産法は、その会社の資産から負債を差し引いて算出された純資産を企業価値とするものである。

企業査定特集
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投資ファンドは「純資産法」でターゲットを決める?

各手法にはそれぞれメリット、デメリットがあるほか、対象が大企業か中小零細企業によって向き不向きがあるようだ。

DCF法は、のれん(技術力や人的資源、ブランド力など目に見えない無形資産)などの価値も含めてその会社の事業の価値を反映できるため、「理論上では最も合理的な手法」(吉永さん)とされる。ただし、将来生み出すキャッシュフローをどう予測するのか、割引率をどう設定するのかによって算出される企業価値に大きな差が出てくるので、他の手法よりも客観性で劣るという問題点がある。

一方、マルチプル法は同じ業種や類似の上場企業を参考にするため、客観性という点では優れている。ただし、マルチプル法では評価の対象となるのれんが反映されないため、優れた技術や人材など無形資産を多く抱える会社にとっては不向きかもしれない。

純資産法は、会社の決算書に基づいて計算されるため、最も客観性の高い手法とされる。ただし、収益力など事業の価値は全く反映されないという問題がある。この手法で算出された価値は、俗に「清算価値」とも呼ばれ、「事業を清算した場合に資産を切り売りしたらいくらになるかという評価手法」(吉永さん)。ホテルや不動産など、保有している資産の価値が企業価値に直結するような会社を評価する際に適している。

昨年、ソフトバンク系の投資会社フォートレス・インベストメント・グループが不動産業を営むユニゾホールディングスに対してTOBを仕掛け、それにユニゾの従業員が対抗するという買収騒動が話題となったが、フォートレスはユニゾの事業ではなく、保有している資産に対して株価が割安と判断してTOBをしかけたと言われる。同じように、投資ファンドと呼ばれる集団が、保有する資産にのみ注目して株を買い集めるケースがよく見られる。要は、彼らは「純資産法」でその会社を評価しているということだ。

「上場会社など大企業の株価(企業価値)を算出は、DCF法とマルチプル法が主流です。中小企業でもDCF法、マルチプル法がメインではなりますが、中小企業に関しては純資産が重視される場合もありますね。DCF法は将来の予測が伴うので、経営企画の機能や経理など、将来を予測するために必要な部分がきちんとしていないと、算出された価格に説得力がないからです」

とはいえ、これらの手法1つだけで最終的な企業価値が決まるわけではない。まずは複数の評価方法を用いて企業価値の評価を行ったうえで、それぞれの手法によって導き出された価格の乖離が何によって生まれたのかを分析する。その後、各手法のデメリットを補いつつ、合理的な価格を模索していくというのが一般的だ。

M&A市場にもトレンドがある!

まとめると、企業の売却、買収では、①M&A仲介会社などが買い手、売り手を探してマッチングする、②買い手側の買収意思を確認したうえで、企業価値算出に向けたデューデリジェンスが行われる、③複数の手法によって算出された価格をもとに、両社による実務的な交渉が行われるという流れになる。もっとも、実際にはこのシナリオにはならないことが少なくないようだ。

「現実には、株価(企業価値)の評価をしてから取引価格が決まるというのは稀なんです。当事者同士の交渉、買い手の予算や経営の考え方などによって、まず大まかな価格が決定されるケースがほとんど。株価算出の手法は、取締役会で取引価格を合理的に説明するために必要だったりするわけです。あるいは、買い手側にとって『高値つかみではない』ことを確認するための作業と言ってもいいかもしれません」

また、中小企業に関しては仲介業者がさくさくと事を進め、最終的にトップ同士のやり取りで価格が決まるケースもある。大企業同士の場合は、企業価値算出のデータがそろっているため合理的な交渉を行うことができるが、中小企業の場合は「社長の個性が交渉にも影響してくるので、良い方にも悪い方にもぶれやすい」(吉永さん)という。

ちなみに、吉永さんは現在のM&A市場では少子高齢化に関連した人材ビジネスや医療関連会社のニーズが高まっていると指摘する。

「インフラ建設などいわゆる『重厚長大』と呼ばれる業種は、以前は引き合いが弱かったのですが、昨今、業界再編が活発化していて、今後はM&Aが増えてきそうです。仮想通貨絡みの会社は一時ブームとなっていましたが、現在は下火になっていますね」

M&A市場にも、こうした“流行り廃り”があるということだ。買い手のニーズが高ければ、売り手側は強気で交渉を進められる一方、ニーズが低い場合は買い手の意向が強く反映される可能性が高い。そういう意味では、吉永さんが挙げた業種は、いまが売りのチャンスと言える。会社を売却することを考えるなら、まずはM&A市場のトレンドをチェックするところから始めてみるのもいいだろう。

文・吉永誠(公認会計士)